オードリー・ヘップバーン

若い時のヘップバーンは“妖精”という形容詞がピッタリである。
晩年に近い彼女は、気品ある一人の女性として、最も美しく見えた。
万人に愛され、綺麗なだけの人形ではなく、
意志や信念を持った大人の女性として行動した。
自分さえ良かったらいいという人達が多い世の中で、愛されるだけでなく、
愛することを行動に移した人間愛豊かなヘップバーンという人は、
やはり稀有な存在だろう。

そして、あのアンネの時代にアンネは死んで、彼女は生き残ったことを、
今回、初めて知って言葉に言い尽くせぬものを感じた。
あの時代のすべての哀しみを含めた暗さを、まるで、少しでも
埋め合わせするかの如く、神はオードリーという類まれな美しい天使を、
この地上に贈ったとでもいうのだろうか。

第二次世界大戦後、廃虚と化した人類に、うなだれ、打ちひしがれている人類に、
希望の光として…それは映画界から退いた後の彼女の生き方をみても、
単なる“個”としての人間でないことがわかる。

あれ程の美しい女性にも、美しいなりの、美しさに留まらない人間としての
“生きざま”があることを、私は観た。
そして、清々しい風が、胸の中を通りぬけていくのがわかった。