マヘリア・ジャクソン Silent Night

ある者は何かを作ることに託す。マスターピースとも呼ばれる作品のひとつひとつの緻密さ。メロディーだけで、そこに祈りの言葉が聞こえてくる。言葉を聞いているだけで、そこにあたたかく美しいメロディーが聞こえてくる。長い歴史の中、古くからキリストの誕生について、絵も音楽もその神々しい光を表すのは本当に難しいことだと思われる。マヘリアの歌を聴いていて、こんなに雄大であたたかくエネルギーに満ち溢れ、描ける人間が存在するのだなと改めて思う。それは人類を抱く母のようである。そしてそこにラインもよくみえ、影も見えてくる。
冷静に曲をみていくとき、メロディをよりシンプルに絞り込んだ見方をすると、人類へのメッセージを伝えるために生まれたメロディの存在、そして歌詞との兼ね合いがよりみえてくる。瞬時にそれを汲み取り、作為のない自然なニュアンスなどをつけながら巧みにマヘリアは描いていく。
最初のSilent Night,静かな夜に、と始まる深い声。Silentを本当に微妙に動かし、Nightでニュアンスをつけ、Holy Night(聖なる夜に)のHolyでよりまたニュアンスをつけNightでいちど落ち着かせつつ、次のAll is calm(全ては穏やかに)のAll isを大きくつかみ、Calmでやさしくヴォリュームを絞り込みながらクルクルと下降する。All is bright(全てが輝き)のAll isで子が舞うようにファルセットを入れたニュアンスをつけ、それを受けあいBrightがつづく。たった1フレーズでも、もしくはここまで聞くだけでも、彼女はどんな風にでも自在に描けるということが理解できる。ここまでスローテンポにして、このなんとも言えないスウィング感と息の流れ。一瞬のニュアンス、様々な要素を入り交えたコントラスト、自然なその独特の描き方からも、黒人霊歌の長い文化の凄さ、すばらしさを思う。
次にくるRound yon Virgin Mother and Child(母と子の周りで)も、今までのフレーズと自然な差をつけ、Round you Virginを比較的まっすぐに保ちながら、Mother and Childへつなげる。ここまでスローでもたせる様、ここをやりすぎず保つバランスの巧みさ。そしてSleep in heavenly, sleepのSleep in heavenlyでエネルギーをより強く放ち、heavenlyの高音を上下せずに一音であえて強調させ踏み込みをつけてから次のSleepで弧を回す。(*原曲の詞とこのレコーディングの詞は多少違う)
そして1番の最後も、前のフレーズを受けあってゆったりと包む。
マヘリアのように生まれてすぐにゴスペルを歌い、あれだけ鍛え抜かれた楽器は、本当に大きく、ヴァリエーションも豊かに様々なことが自然に自在にできる。そして莫大な叡智が刻み込まれた表現がある。彼らは、ゴスペル教会、または、地によっては、民族の儀式の中で、今という瞬間を徹底して歌う、叫ぶ、天を仰ぐ。プロの歌手として忙しい生活を送っていれば、多少は考えることもあるかもしれないが、多くは明日の体が、喉がどうかなってしまうという考えもなく、中には失神するまで全力でやる人もいるほど、全身全霊で行う。そしてその全力はどんどん更新され、とんでもない大きな力となってついてくる。その不屈の精神の背後には、深い悲しみ、そして何よりもある大きな力に突き動かされてきているのだろう。彼らにとって歌うことは、生き残ることである。
曲の一番であたためたものを受けて、二番の始まりはよりやわらかくなる。それもまた聞き手を引き込む。Shepherds quake~Alleulia
!まで、羊飼いたちが天から差し込む光におののく様、天の使いが神を讃える様など、この情景を描くことは、本当に難しいと思われるが、実に見事にマヘリアは描く。そして次のChrist,the Saviour is born(キリストがお生まれになった)の部分も動かし方そのものは似ていても、一番のこの部分とのニュアンスの付け方、響きは全く違う。生まれたということを叫び合って確かめ合うような、エネルギーを放つ。そしてこの叫びが徹底し、ものすごい説得力をつけたため、次の3番の始まりのハミングがよく成り立つ。この関係性がとてもよい。そして最後のクライマックスへ、踏み込んでいく。最後の最後、Bornを聴くだけでも、深く響く。ここまで閉めがすばらしいと、より胸を打ち、心に残る作品となる。
キリスト誕生について、またそしてすべての赤子の、生命誕生という計り知れない奇跡が、授かるという原始なる喜びが祈りとなることも、この歌には重ねられる。マヘリアの歌の中には、母マリアの深い母性と、重い使命感、キリストが背負う悲劇も映す。そして今という現実も。
生まれたばかりの赤子だけがまだ死を知らない。中には幼き子も知らないかもしれない。
死が存在する限り、人間は何かを探し続ける気がする。そして芸術が絶えることはないだろう。こうした偉大な作品から、限られた、与えられた時間の中で、私たちは信じられないほど多くを、無限に教えられ続けている。