「上を向いて歩こう」

日本中を明るくし、やがて世界へと広まっていった日本人にとって大切な歌。1961年、689コンビと親しまれた、作詞永六輔、作曲中村八大、歌い手坂本九の作品。日本人でただ一人、アメリビルボード100では数週間にわたり1位となり、日本語でありながら、本人たちも、日本も驚く中、不思議なほど世界中で大ヒットとなり、後に多言語に訳され、多くのアーティストに歌われた。
シンプルで明るいが少しセンチメンタルなメロディと、悲しい気持ちを押し切って前に進もうと、でも悲しい気持ちでいっぱいの詞。メロディと詞がもつ、明るさと悲しみがなんともいえないほど、曲として一つとなったときにより深く現れ、聴き手の心に迫ってくる。名曲に出会うと、毎回、音楽の力を改めて思う。端唄で育ったという独特の節回しの入った九ちゃんの天性の華がある明るい歌声は、この歌にぴったりと合い、存在感があり、場をぱっと明るくし、人々を惹きつける。その歌声の中に自然に現れている本人のスピリット、純粋なものを感じる。歌はそういった部分が非常に大事であり、うまいへたなど越えて、信頼を結び、心に響いてくる。
歌詞は、具体的過ぎず、誰にでもとても身近に感じられる内容だ。メロディと共に覚えやすく親しみやすい。永六輔は、このきれいなメロディを聴いた時、すぐに歌詞が思いつき、いい歌ができると確信したそうだ。
高音へ向かうところに“涙がこぼれないように”と歌詞が入り、聴き手にも、ぐっと気持ちを感じさせながら、やがて“幸せは雲の上に”のところからと空を仰ぐように空の上へ、高い音へ上へと行きたい力が働きながらも、人生に山あり谷ありというように高いところに留まらず動き続け、ハーモニーと共に、どこか感傷的な印象を残しながら描かれ、心に迫る美しい作りになっている。
この曲の世界中のさまざまな言語で歌われたバージョンを聴いてみるととても興味深い。そして日本語ならではの魅力、特徴を大事に、音の入れやめりはり、音楽の流れをより繊細に丁寧にみていくことが深く表現するためにとても大事に思える。
海外では、日本の歌とすぐわかるように、短く覚えやすいようにと海外のプロデューサーたちの意向で、SUKIYAKIと名付けられたそうであるが、スキスキスキヤキ、ナガナガナガサキと、日本語の音のゴロ合わせを楽しむ遊びのようなものや、日本が他の国についてまだよく知らなかったのと同じように、中国風のイントロにアレンジしたパロディも多い。英語やスペイン語は、原詞の思いをくみ取り、より具体的な内容の詞にしている。
とくに英語は、コニカのフィルムCMで流れたジャズ黄金時代の最後のディーヴァの一人、マリナ・シャウのものが、非常にすばらしい。ゆったりとスローテンポで、オーケストラと共に、やさしく、美しく、悲しみを語っている。曲への向かい方、受け止め方がさらっと歌っている多くのアーティストとは異なること感じる。普段はもっと難しい曲や巧みにスキャットを歌っているので、この曲はマリナにとって、とても簡単に歌えてしまうだろうが、誠実で、曲に深く向き合い、とても歌詞の想いを繊細に大事にしている。語るような歌の中から、痛みや人間性の深さ、大きなオーラが感じられる。数多くある様々なアーティストのバージョンの中で彼女のものが特に光っているのを感じた。また、ダイナ・キングの日本でのライヴのものも、英語と日本語で歌っているが、とても彼女らしくゴスペルに、ダイナミックに、愛いっぱいに歌いあげすばらしい。