エラ・フィッツジェラルド「マック・ザ・ナイフ」

わくわくするような動きのメロディにミュージカルらしいコミカルな歌詞がついていて、天性の弾けるような明るさで自由に歌い、いつも場を新鮮に盛り上げるエラにぴったりの曲だと感じた。
1960年に行われたベルリンのライブ録音。ドイツ出身の作曲家人気曲ということで、ベルリンのファンへこの曲を披露したが、ここで大きな喝采を受け、その後も彼女のレパートリーとなり、このライブのシングル、アルバム共にグラミー賞までとったのであるが、実はこの曲、当時、歌詞を曲の途中からド忘れしてエラは即興で歌いあげてしまっている。確かにバンドのイントロにのせてこの曲の紹介を最初にしゃべっている時から、言葉をちゃんと覚えてますようにとは言っていたが、本人も仕上がり具合やまさかこれが世界的にヒットする作品になるとは想像していなかっただろう。あまりに楽しそうに自由に気持ち良くやっているので、よりコミカルに新鮮で、アドリブたっぷりのチャーミングなエラのマックザナイフだなというような印象を受けるが、確かによく聴いていると途中から“次はなんだったっけ、知らないなぁ、だけどスイングした曲で、すごくヒットした曲で、マックザナイフやってみてるの、oh
ルイミラー、そうお金についてなにかあったんだった、、”など相当適当なことを言いながらも、退くことなく、むしろより堂々と全快してうまく曲にし、その後もサッチモのものまねでスキャットをいれ客をわかし、またもとの明るいのびやかな声で“ボビー・ドレイン、ルイ・アームストロング、彼らはアルバムをだして、エラたち
も、なんてぼろぼろなマックザナイフを演奏してる”や“みんなにはこの曲がなにかわからないかもしれないけど、びっくりするかもしれないけど、これマックザナイフなのよ”と完全にエラ節で、時々あまりのはちゃめちゃぶりに本人もふきだし笑ってしまうのも全て録音に入っているが、それも作品をより楽しませ聴き手をどんどん魅了し、すごく面白く仕上がりになっている。ここまで突っ走れてしまうと本当にすごい。あらためて、アーティストの世界観の重要性、そしてその中にある彼らのあらゆる要素の強さを思う。彼女の中に、生活の中に、計り知れないほど音楽、表現が長い時間をかけて入っているのが活きている瞬間でもある。また女性でサッチモの真似ができる彼女の声の強さや柔軟性などにも驚かされる。

曲の中で本当にちょっとしたことであるが、特徴のひとつを少し書いてみれば、例えば最初のoh the shark hasのhasやその次のdearやthem,whiteなどナットキングコールが歌の中でよくやるように、完全にメロディから外してしゃべり語るような感じでミニマムに入れていくが、細かくちょっと歌ったり、フェイクを入れては、しゃべりにし、また元のメロディに戻るようなバランスや間の感覚は、体で支え、リズムを発す、自動的にどんどんイメージがでてくること、その中で、無意識でありながら、例えばその前にくる言葉のタイミングを微妙に調整し、それに対しての子音の本当に繊細で微妙な扱いもみえてくる。
曲の中で子音の扱いは、どの言語の歌でも大切で、発声だけをやっていると、どうしても母音に注目して歌うかもしれないが、たとえばエラにしても、ナットにしても、ミルバや一流のオペラ歌手などすぐれた歌唱力をもつ歌手は、必ずその扱いがものすごく細かく巧みで、その要素だけでも、歌が全く変わってくる。自由にやっている中で絶対にはずせない要素についての発見が延々とすぐれたアーティストの作品からでてくる。またボビー・ドレインやサッチモのオリジナル録音も、とても興味深く、素晴らしい仕上がりになっている。