水原弘

子供の頃、白土三平・原作の「忍風・カムイ外伝」(1969年放送)と言うアニメが好きで、日曜日の夜6時半には必ずテレビ(白黒)の前に座って見ていました。
そのテーマ曲「忍びのテーマ」と言うのがあって、
忍びがぁ~とおぉぉるぅ~ けものぉ~みぃ~ちぃ~[E:#x266A]
と、ズン!と胃袋に響くような低音の、甘みと程よい渋みを含んだバリトンがヤケに印象に残っていました。
まだ小学校低学年でしたが、その歌声に「大人」を感じたものです。
大人、といえばこの作品、主人公・カムイの声は、ベテラン声優で俳優として現在も時代劇(悪役多し)などで活躍する中田浩二。ナレーションは城達也(ジェット・ストリームなど)と、これもまた「大人度」満点のキャスティング。
「ちきゅうのへいわがどうたらでぇ~」とか、「たたかえ!せいぎのなんたらがぁ~」とかの他のアニメとまったく違った「大人の男の世界感」で固められていたような印象でした。
ストーリー的にも、厳しい忍者社会の掟(おきて)を破り、「抜け忍」としての逃亡生活を続けるカムイのまわりに起こる事件を、一話完結で描くというもので、まるっきりの悪人も善人も出てこない、複雑怪奇なストーリー展開、「斬り合い」のシーンも多く、見方によってはかなり殺伐としたものでした。
今考えると、とても日曜日のご飯時に家族で見る内容ではなく、番組自体半年で終了してしまいました。(その後番組がなんとあの「サザエさん」であることが、すべてを物語っています)
これも大人になって知ったことですが、「カムイ伝」という大長編漫画があって、その一つのエピソードとして「カムイ外伝」がある、いわゆる「サーガ(大河物語)」の一部を形成してるんですね。
なんかアニメの解説みたいになっちゃいましたが、とにかく、その「忍びのテーマ」の印象が長い間残っていました。
その歌手が、あの第一回「日本レコード大賞」受賞歌手・水原弘だったことは、だいぶ後になって知りました。
水原弘
昭和10年(1935)東京生まれ。高校時代ジャズにのめりこみ、ラジオののど自慢番組に出ていたのをスカウトされプロ歌手に。
その甘い低音でたちまち人気者となり、メジャーデビュー曲「黒い花びら」(1959年・作詞:永六輔・作曲:中村八大)でいきなり紅白出場とレコード大賞受賞。
1967年には「君こそわが命」(作詞:川内康範・作曲:猪俣公章)でレコード大賞歌唱賞を受賞。
1970年にテレビで「殺虫剤・ハイアース」のCMに出演。それに合わせて水原の写真をプリントしたホーロー看板が大量に作られ、各所に設置されました。
現在でも田舎のバス停なんかで見かけることがある、と言われる「昭和遺産」の一つですね。
歌手として順風満帆と思われましたが、70年代以降は生来の酒豪ぶりと破天荒な生活が祟り、病気がちになってしまいます。
そうして、歌手として円熟期を迎える40代はじめ、大酒のために肝硬変を患い急逝してしまいます(享年42)。
その歌声は天性の「甘さ」「渋さ」を含み、フランク永井などに連なる「大人の男の低音」を響かせる貴重な存在だったと言えるでしょう。
その歌声・私生活ともにいかにも「昭和の歌手」といえるこういう人、もう出ないだろうなぁ。