アミ族の歌い手ディファン「老人飲酒歌」

明朗で自由な歌声が空間を駆け抜けていった。聴き手も、自然の中に戻っていくような開放感を与えられる。アトランタオリンピックのテーマソングとして、エニグマのreturn to innocenceという曲に、このディファンの老人飲酒歌がサンプリングとして使われた。無断で使用し、ディファンの申し出が叶わず、本人のことは当時、伏せられていたことはとても残念なことだが、世界中のたくさんの人々が、その自由な歌声に魅せられただろう。
地に着いた歌声、血の中から沸き起こる歌のなんともいえない心地よさ、そしてふと自分たちの姿、在り方を見つめさせる。
アミ族は、基本的に他の楽器はなく、一人が歌い、皆が答えるというスタイルであるそうだ。どこか馴染みのある歌声は、沖縄あたりでも聞くことのできる元気なご老人たちの歌も思い出させる。
主要な音と音の間をつなぐ修飾的な音が散りばめられ、独特のこぶしのような描きが、大胆であると同時に刺繍のように細やかで華麗である。息ぴったりとコール&リスポンスを繰り返しながら、皆で色鮮やかな一つの織物を織っているかのようである。また彼らの大自然の中における共同生活もみえ、その大切さを思う。
地図でみていると日本からとても近い場所にあるのだが、台湾には数多くの少数民族が存在している。低音部を歌うものと、高音部を歌うものとに分かれるパイワン族やタオ族など、西洋音階では測れないようなメロディをもち、その民族独特の歌唱法は、インドネシア、フィリピン、マレーシア、マダガスカルメラネシアミクロネシアポリネシアイースター島までつながりがあるとのことで、とても興味深い。
ディファンは意味をもたない言葉を歌う。抽象画のようにそこには独自の色合い、イメージが描かれ、人々の心に強く働きかけた。しかし、この貴重な歌の文化も、日本でかつて沖縄の人々やアイヌの人々に対し差別をしていた時代があったように、台湾政府は長らく少数民族の独自の伝統を否定し弾圧していた。かつてディファンと交流をもっていた少数民族出身のシンガソングライター フー・ドーフーは、フォークソングを武器に激しく弾圧する社会へ訴え続けた。ディファンとの思い出を語る。フードーフーの独自の歌は、かきむしるように、動かぬ岩にぶつかり続けるように言葉にならない悲しみがにじみでている。少数民族たちが隠れるように暮らしていた長い時代。なんとか自由に暮らせるようになったのはここ10年くらいのことであるそうだ。
また、大人になってから自分のルーツを思い、その歌を模索するアミ族の若手歌手もいる。人気ロックバンドのヴォーカリストでもあるスミンは、定期的に故郷に戻りながら、老人たちを訪ねて失われてきた民族の歌と文化を学び続けている。
「本当は大勢で歌えたらもっといいのに、、」とスミンが歌を習いに訪ねたおばあちゃんの言葉が印象的であった。自分たちの歌や文化が消えてしまわないように、各国各地で民族の文化を辿る人々の姿がある。ディファンの聴き手を自然の中へ迎え入れるような歌は私たちの遠い記憶を映す。一人一人の血の中に、古代に生きた人まで、無数の人々が存在し反響し続けているのかもしれない。