No.375

「大和田慧」(日本のシンガーソングライター)

デビューから数年経った頃に久しぶりのライブに出かけた際、涙が出る経験をしました。(精神的に辛い事があったというわけでもなく)表現力が格段に磨かれ、歌い手のその表現力とは何だろう?と疑問を持つきっかけになったシンガーです。

 

「Collaboard Shinagawa Vol.4」土岐麻子・アンサリー(ライブ)

透明感のある、さわやかな歌声に憧れます。

マイナスイオンがいっぱいのライブ空間に違いなく、楽しみです。

 

すみだ北斎美術館」(美術館)

葛飾北斎やそれにまつわる作品が展示されていた。ちょうど鬼の展覧会が行われていた。

人物の書き方や色の使い方と当時から多くの人に影響を与える理由がわかった。

雷の描き方が好きだった。

 

サンシャイン水族館」(水族館)

池袋にある水族館。水生生物を久しぶりにみた。海の中のような空間と生き物に癒された。また両生類の魅力に気づいた日でもあった。特にマルメタピオカガエルの見た目や変わった鳴き声に惹かれた。今後両生類と触れ合う機会を増やしていこうと思う。

 

「うつでも起業で生きてゆく」林直人(ビジネス書籍)

うつで失職して以来、二度とうつを再発させたくないために就職もせず、起業を考えておりましたが、就職による職場での人間関係の悩みがない分、就職の場合とはまた違った「全てが自己責任」というストレスが予測され、どんな起業ネタを考えてもなかなか実行できず、うつ病みに起業は無理なのだろうかと悩み、半ば諦めかけていたときに本書に出会いました。

うつ病みにとっての悩みは、人と直に会うことを苦痛に感じること、体調の良いときと悪いときのムラがあることなどである一方、元来真面目で手抜きができないために仕事には手を抜かず、最高の品質又は完成度の仕事をしようとするところなどの利点もあるため、うつの起業は以下のように進めれば良いと著者は考えました。

1.他人にとっては面倒臭くても自分にとっては面倒臭くないこと(自分が本当に好きなこと)で起業し、

2.人と直に会わなくても商材を買ってもらえる仕組みを作り、

3.体調の良いときに精一杯働き、体調の悪いときにはしっかり休む。

こうして、著者は対面のないネット上で難関大学受験のための学習指導をする「ネット学習塾」で起業し、同業者を圧倒してゆきました。

本書は未だ完読しておりませんが、自分の起業のヒントになればと思い、精読中です。

 

「時代革命」(映画)

香港で作られた映画なのに、香港では上映を禁止されている記録映画。カンヌ国際映画祭などでサプライズ上映されている。2019年に起きた「逃亡犯条例改正案」に反対するデモをきっかけに、運動の本質を撮ろうとキウィ・チョウ監督が撮影したドキュメンタリー。もし、改定が行われれば、中国共産党政府に反対する香港人を、地元警察が何らかの容疑で逮捕し、中国本土に送ることが可能になり、中国が香港の民主派の人々を標的に、引き渡し協定を利用するのでは、と懸念されていた。デモは香港の人口の三割を占める200万人が参加したが、リーダーがいない、という特殊性を持つ。当初は、和理非(平和、理性、非暴力)派と勇武(武闘)派に分かれていたが、警察による暴力から両派が行動を共にしていく成り行きも描かれる。デモ隊が立法会(議会)の庁舎内に突入した際、冷蔵庫の飲み物代をきっちり置いていくなどの礼儀正しさに、真面目な人たちのデモであることがうかがえた。親子でも中国共産党に対する考え方が違う反面、仲間同士でパパ・ママなど疑似家族を形成する。デモは次第に普通選挙の導入など、五大要求を求める大規模デモとなっていく。そして、デモ参加者と香港警察との生々しい対立が起きる。普通の学生や会社員が、自由や民主主義を守ろうと、デモに参加する。前線の勇武派の子供たちを、警察の暴力から守ろうとする母親や高齢者も街に出る。警察との衝突で飛び交う催涙弾、ゴム弾、火炎瓶、放水車からの水を浴びると身体中が痛くなる、至近距離からの銃撃シーン、警察とヤクザがグルになり市民をめった打ちにした地下鉄駅の暴力事件、新聞などで伝え聞いていたものが目の前に映像として現れ、息を呑む。現在は国家安全維持法により、逮捕や密告を恐れる人々は、無力感に襲われていることだろう。外国人にも摘要されるという法律だから、外国で暮らしていても安全ではない。今まで当たり前にあった自由が突然奪われる、それは遠い国のできごとではなく、すぐそばで起きている。自由に物が言える生活しか知らない自分は、政府の容認することしか喋れない事態になった時にどうするか、デモの最前線に出られるか、長いものには巻かれろと、本心に蓋をして大人しく暮らすのか。正直に言って、もう若くはないから、穏やかに老後を迎えたい、と思う反面、心に蓋をして良いのか、とも思う。本当に、その時になってみないとわからない。その行動が、正しいかどうかもわからない。