V022「インシャラー」 サルヴァドール・アダモ/ アマリア・ロドリゲス

1.歌詞と曲と演奏など

(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)

2.歌手のこと

(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)

3.歌い方、練習へのアドバイス

 

--------------------------------------------------

 

1.「サン・トワ・マミー」や「雪が降る」で有名なサルヴァトール・アダモの、反戦歌です。作詞・作曲ともに、アダモの手によるものなので、アダモ自身による歌唱が、この曲本来の美しさやメロディーの特徴もよく出しています。つい、声も歌い口も聞き映えのする、ロドリゲスに耳を奪われてしまいますが、この曲を、しっかり歌うにためは、そこを間違えないようにする必要があります。

 

2.アダモは、改めて聞くと、まるで低音女性歌手のように聞こえる、やや高い声域で、意外にハスキーなうえに、ちりめんビブラートもあります。

一方のアマリア・ロドリゲスは、ファドの女王との異名を持つだけあり、声も発声の技術も立派で、充実した地声のため、とても情熱的に聞こえ、張りもあり、ビブラートもきれいです。

単純に2人を聞き比べてしまうと、圧倒的にロドリゲスの存在感が大きく、曲も、ロドリゲスの歌っているメロディーが本来のものと思ってしまいそうです。ロドリゲスは、やはりファドの女王なので、メロディーの随所に、小さな、ファド特有のいわゆる「こぶし」が入っていますが、とても自然で、何の違和感も、感じさせません。

 

3.耳コピを前提に練習に取り組むとすると、少し大変ですが、メロディーは、あくまでもアダモで、声はロドリゲスをお手本に、しましょう。(♭Ξ)

 

 

  1. フランス語で歌われる反戦歌ですが、単純に曲として美しいと思います。オケのメロディと歌のメロディが交互に演奏しあうというのも耳に心地よいです。大きな展開のある曲ではありませんが、それゆえに語る要素、音楽と歌詞を聞かせる力量が必要な曲だと思います。アダモのフランス語はイタリア語に近いくらい固く歌っているのでより切迫した印象をあたえています。

 

  1. アダモのは、舌根が高めの印象をうけます、軟口蓋の位置よりも舌根の位置が高いという印象です。日本人の場合舌根が高いと軟口蓋の位置が低いことが多いのですが、アダモは舌根のみ高いという印象です。

ロドリゲスは、舌根の位置、喉頭の位置、軟口蓋の位置が基本的に素晴らしいと思います。基礎的な発声という面だけでどちらが参考になるかといえばロドリゲスのほうでしょう。ロドリゲスのほうが言葉とメロディがつながって聞こえます。

それに比べてアダモの歌唱はぶつぶつ切れて聞こえます。より喋りに重心があるのがアダモで、声や音楽により重心があるのがロドリゲスというわけ方もできるかもしれません。

発声としてはロドリゲスを聞くとよいでしょう。さまざまな表現法を学ぶうえでは、アダモの表現も人を引きつけるドラマチックなものがあります。

 

3.基本的にはレガートで歌うことを意識した方がいいでしょう。フランス語はあいまいな母音が多いですがそれも含めて均一な音色と音量で歌えるようにトレーニングしましょう。基本の歌い方としては息が漏れないよう注意してください。参考にする歌手に息もれがあっても自分自身はそこの部分は真似ないほうがいいです。(♭Σ)

 

 

1.歌詞の内容は、紛争の悲劇や犠牲になった人々への鎮魂の歌であり、また平和を願う歌ともいえます。有節形式で同じメロディが繰り返して歌われる構成になっており、その分、なおさら歌い手は歌詞への理解や表現が求められます。

日本人として「インシャラー(神の思し召しがあれば)」の解釈の仕方は難しいかもしれません。日本語も一つの言葉に複数の意味を含め持ちますが、「インシャラー」という言葉も同様に捉え、そこに含まれる意味合い(思い、願い、無力さによる諦めなど)を歌い手自身で掘り下げた上で演奏したい、そのような曲です。

 

  1. アダモは、情景描写の部分ではフレーズを短めに区切って語りのように歌い、メロディが盛り上がるところは声を張るという歌い方で、歌詞の内容がわからずに聞けば短調の哀愁あるポピュラー音楽という印象がくるように思います。

一方でロドリゲスは、フレーズを大きく捉えており、語りのような息交じりの声はなく、しっかりとした声で感情を乗せており、始めから訴えかけるような歌い方で何か強いメッセージ性があると感じられます。同じ曲でも、それぞれの歌い方によって受ける印象がかなり違ってくるのが面白いところです。

またロドリゲスは、インシャラーの表現が直前の歌詞を受けてどれも違う表情を見せていてそれが叫びのようであり、悲鳴でもあり、嘆きでもあり、慰めでもあると(少なくとも私には)感じられます。

 

3.こういった内容の歌を原語で歌うには、ただ単に発音を覚えて歌っても何も伝わりません。また、歌詞全体の意味を把握しているだけでも足りません。一つひとつの単語の意味もちゃんと理解して歌うことです。それに役立つこととして、歌詞を詩として朗読する(意味を理解しながら発音する)という練習をおすすめします。

発音する単語はフランス語ですが、あなたは日本語での意味として感じていいのです。そうすると、全てのインシャラーが違った表現になってくるはずです。そのようにして発音の練習をしたあとで、いざ旋律に乗せて歌うと、感情の乗り方も音の動きも違ったものに見えてきます。

「インシャラ―(inshallah)」は、原語で歌うときはちゃんと子音Lが二つとして発音しましょう。(アダモの発音はインサラーと聞こえますが、そこは真似せずに、本来の発音で練習してください。)(♯α)

 

 

  1. アダモによって作曲され、彼によってフランス語にて歌唱された曲です。タイトルは「アッラーが望むならば」という意味合いです。1967年のイスラエルアラブ諸国との6日間戦争を題材とした平和の歌といわれています。

 

2.アダモは、そっと語るような歌い方が印象的です。ロドリゲスが歌い上げるような印象なのと対照的に感じます。繊細に語るような表現を意識しているように感じます。

ロドリゲスは、アダモに比べると、歌いあげている印象がありますが、語るような要素も含まれていて、朗々とした印象を受けます。声はしっかり出ていますし、それでいて無理のない状態ですので、比較的聞きやすいと思います。

 

3.まずは、歌詞をどう伝えたいのかを考えたうえで、自分の表現方法で詞の内容を語る要素を大事にしてみてはいかがでしょうか。

この2人のアーティストは、同じ曲でもそれぞれで異なる印象を受ける曲として歌っています。この曲を本当に歌い込みたいと考えるのであれば、フランス語を読み、語れる力量が必要になると思います。発音・発語・フレーズなど、土台となる部分をしっかり準備してから取り組むとよいと思います。そのうえで、自分が習得したフランス語の技術・語る要素を活かして、自分の感性で伝えるというように努めてみてはいかがでしょうか。

(♭Я)

 

 

1.意外な曲です。三点あります。まず、リズムです。イントロのリズムを一発で把握できますか。リズムを叩いてみましょう。

次に、コード進行が独特です。まずイントロでコードが変わりますが、変わったと思ったら戻ります。(I→Ⅶ→I。)Aメロはずっとこのコードです。コードが動きません。サビで動いたと思ったら意外な戻り方をします。サビのコードをぜひよく聞いてみてください。

最後に、曲の構成が独特です。このことについて書きましょう。4小節で1フレーズです。(1フレーズをaとしましょう。)2フレーズで1メロディーです。(Aメロとしましょう:A=aa)。全部で3番までありますが、1番だけがAが3回繰り返されてからサビ、2番と3番はA2回でサビです。

 

2.アダモは「歌う」、ロドリゲスは「語る」の対比が興味深いです。感情に入ってくるのはどっちも共通なのです。アダモは「熱く訴えかける」ため、感情が共鳴してしまいます。ロドリゲスは「そっけなく突き放したような」表現なため、逆に引き込まれてしまいます。

 

3.「歌う」と「語る」を使いわける絶好の練習となります。歌いだしをフレーズコピーしてみましょう。どちらにしても、音域が広く、意外と難しいことがわかるでしょう。どうしても声を張り上げてしまいうまく表現できないことが多いと思います。(♭∴)

 

 

1.インシャラーとは「アラーの思召しのままに」といった意味。イスラエルをめぐる戦争の悲惨な光景を乾いた筆致で描く鎮魂歌。墓標のない戦死者たちの墓は一面の真っ赤なコクリコの花。歌は3パターンのモチーフを繰り返すバラードらしいシンプルな構成。楽器はギターのみで静かに始まり、次第にオーケストラが加わっていきます。

 

2.アダモは、テノールの声を張り上げることなく、あくまでも喋りや囁きの延長で歌っているように聞こえます。おそらく普段の話し声も高い方だと思われます。時折現れる泣くように揺らす音の入りが個性的です。

ファドの女王ロドリゲスは、フランス語の角がとれたような柔らかな言葉の処理に心惹かれます。少し息の混じった声がしなやかになゴムのように伸縮し、フリルが揺れるようにひらめくさまは、歌唱芸術の一つの極致だと感じます。

 

3.前半は発声的には難しくはないと思います。ただし歌詞をよく喋ってみて、朗読だけで聞かせられるレベルに仕上げないと、こういった曲はつまらない演奏になります。インシャラーの部分は沈んでいく音型なので、出だしできっちり決めることと、収め方のペース配分を計算しましょう。(♯∂)