V025 「去り行く今」 セルジオ・エンドリゴ/中原美紗緒

1.歌詞と曲と演奏など

(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)

2.歌手のこと

(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)

3.歌い方、練習へのアドバイス

 

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1.音域が1オクターブとやや狭く、最低音も最高音も、主音という構成の、なかなか安定感のある曲です。歌詞は、失恋の内容ですが、余り悲しさも感じさせず、落ち着いた曲調で、失恋の痛手をしっかり昇華させた後の曲という、おもむきです。

 

2.セルジオ・エンドリゴは、やや軽いエッジヴォイスを主としていて、ウィスパー気味の中低音も活用して、気負いのなさを表に出した歌い方です。他の曲では、無理のない高音域の自然な艶を活かした歌い上げ方で、自然な力強さも売りにしているようですが、この曲では、それほど艶も見せず、失恋の思いを、表そうとしているのかもしれません。その控えめな声の艶を、補うかのような、トランペットの間奏が、耳に心地よくひびきます。

中原美紗緒は、東京芸大声楽科卒業ということもあって、伸びやかで艶のある、立派な高音域を、嫌みのないギリギリのところまで聞かせて、声のよさを、とても感じさせます。こちらの間奏は、高い弦や、落ち着いた弦の音で、声に被らないように、うまく声を引き立てています。

 

3.最終的な表現としては、セルジオ・エンドリゴのように歌うのも悪くはありませんが、他の曲への応用なども考えると、中原美紗緒のように、声を抜くところはほどほどにして、ある程度充実させた声で、それぞれのフレーズを、うまく歌い上げていく練習をしていきましょう。(♭Ξ)

 

 

  1. 難しい言葉が少なくダイレクトな歌詞だなという印象。ビートルズの曲の歌詞が中学英語レベルのものが多いように、この曲の歌詞も難しすぎない曲です。そしてとてもイタリア的な恋愛ソングです。何度も登場するadesso「今」ということばをどうあつかうかも歌う歌手で変わってくるだろうなという印象です。

またアメリカのカントリー音楽を思わせるようなギターの伴奏がどこか懐かしさを感じさせます

 

2.エンドリゴは、とにかく発音が美しく、その発音の自由さが素晴らしいと感じました。イタリア的なレガートと伸びやかさがとても聞きやすいです。特にNの子音が美しい。日本語の「ん」の舌の使い方と違うイタリアのNはやはり美しいです。

中原は、エンドリゴを聞いた後ではどこか子供っぽさを感じてしまいます。美しい声ですが声が軽すぎるといってもいいかもしれません。イタリアのカンツォーネのもつ生なましさが弱いです。上品すぎるといってもいい。カンツォーネには酒場のにおいがするような声の雰囲気がほしいなという印象です。

 

3.イタリア語にしろ日本語にしろ、まずは読んで歌詞だけで体から発せられるような声の基礎力が必要だと思います。単純にお腹から声をだす、胸をひびかせるなどの要素だけでも最初は充分だと思います。体から声を飛ばすという意識がほしいですね。そこにメロディやリズムがついてくるととてもいい練習の課題曲になると思います。(♭Σ)

 

 

1.原曲はイタリア語歌詞で、相手への想いを歌ったカンツォーネです。自分の元から去っていく人へ変わらぬ愛を送るという内容が、長調でシンプルなメロディに乗せて歌われるので、去って行くけれども前向きな旅立ちとも解釈できるかもしれません。メロディがシンプルな上に「A-B-A'-間奏-B-A'」という構成で同じ旋律を繰り返すことも相まり、聞く人の耳にとても馴染みやすい曲になっているのではないかと思います。

 

  1. エンドリゴは、曲全体の流れにメリハリがあり、声も力みなく美声で個人的にはずっと聞いていられるという歌唱です。イタリア語歌詞を話しているように歌っているのも聞きやすいと感じさせる理由かもしれません。

中原は、女性目線の日本語歌詞で、特に「心だけはあなたのものよ」は女性の立場を際立たせるような表現だと感じました。エンドリゴの男性目線の歌唱と比較して聞くのは面白いと思います。

 

3.練習のひとつとして、ネイティブであるエンドリゴの発音や歌い回しを模倣してみるのも気づきがあり勉強になると思います。また、テンポがゆっくりめで伸ばす音が多い曲では、イタリア語歌詞の発音(子音から母音への移行)が遅れやすくなる傾向があります。子音を取り除き、イタリア語の母音部分だけでレガートに歌う練習をして、その後で歌詞に戻す(その母音の流れに子音を戻す)と効果的です。(♯α)

 

 

  1. 別れを惜しむような気持ちをドラマチックに(強弱も緩急も駆使して)語るように歌うと、素敵に聞こえる曲になると思います。

 

2.エンドリゴは、イタリア語での語りのような歌い方の印象を受けますが、やや鼻に掛かった声で歌っているように聞こえます。

中原は、若々しく歌われている印象を受けますが、やや子供っぽい印象を受けます。

この歌い方が影響して、後半、イタリア語の歌詞を歌っているようですが、日本語の発語ポジションで日本語のように発音されているので、イタリア語に聞こえません。これならば、終始日本語に徹したほうがまだ良いのかもしれません。

 

3.ドラマチックな歌だと思いますので、聞き手に内容が伝わるように歌うことを心がけるとよいのではないでしょうか。ドラマチックといっても、ただ大げさに歌えばよいというのではなく、寂しそうに語る部分があったり、相手を思うように語る部分があったり、気持ちをより強く伝えたい部分で朗々と歌うような部分があったり、この歌詞から想像される内容をしっかり表現することを大事にできると良いのではないでしょうか。明るすぎる表現や声というのは、この曲の内容からは適切ではないと思います。まずは、語りで色彩豊かに表現できること、そのうえでその世界観を活かしながら詩と音楽を使って語ることを心がけてみてはいかがでしょうか。(♭Я)

 

 

1.音域が狭く、息が長いフレーズです。「音の高さ」でなく「コード進行」によって音楽を作りましょう。このことは大切なので詳しく書きます。はじめのフレーズの「音の高さ」を移動ドの階名で小節頭をとっていきます:ミ→ファ→ミ、ソ→ラ→レ→ミ。ここの部分の「コード進行」をクラシックの和声数字で書きます:I→ IV→ I、 I→ IV→ V→ I。「音の高さ」に信仰がある人は(私の先生はこれを「音高アレルギー」と呼び、悪い演奏の典型としています。)「ラ」のところを強く歌うのではないでしょうか。「コード進行」はVのところが一番強いです。つまり「レ」を一番強く歌うべきなのです。2人ともそう歌っています。よく聞いてみてください。

 

2.こういうシンプルな曲で、いかにヴォーカリストが「仕事」をしているかを知ってください。エンドリゴが訥々とシンプルにことばをおいて行っているようですが、その言葉のつなげ方、間、ブレスが計算しつくされています。中原は、「コード進行」の手本のような演奏。Vのところに到達し、Iに戻るときに少しリットしています。やりすぎでややくどく感じる人もいるかもしれません。

 

3.この曲は音域も広くなく、歌いやすく、イタリア語の発音も簡単なので、カンツォーネが初めてという人にもすすめられます。ぜひ暗譜して、歌のパターンのストックを増やしましょう。また、「音の高さ」と「コード進行」が上に述べたようにずれているので、「コードの感覚」を知るのにも有益な練習になるでしょう。(♭∴)

 

 

  1. 遠くへ去って行く恋人を見送る歌です。後ろ髪引かれる思いはあるものの、涙も言葉ももはや不要という諦念の境地。リズムはモデラートの4ビートから熱のこもった8ビートへと変化していきます。素朴で地中海的な雰囲気のギターサウンドに始まり、ドラム、オーケストラが次第に加わります。間奏ではトランペットがメロディを歌います。

 

  1. エンドリゴは、肩の力の抜けた歌唱で、軽い力で鼻腔によく通る声が心地いいです。

中原は、昭和中期のアニソンやアニメヒロイン、女子アナを彷彿とさせる発声で、人工的なあざとさが鼻につきます。おそらく当時は可愛らしいと受け取られたであろう歌唱法ですが、今聞くと正直キツいと感じざるを得ません。

ファウスト・チリアーノが日本語で歌ったヴァージョンを是非聞いていただきたいです。イタリア語の母音位置で日本語を歌うことに成功している好例です。

 

3.弱拍から入る前半、強拍から始まる中間部の歌い分けを意識しましょう。弱拍スタートは柔らかさ、強拍スタートは強い意志の表現です。音域は狭いので、発声的には余裕があると思います。声が痩せないようにレガートでたっぷり表現することを心がけて下さい。(♯∂)