V020「ハンブルグにて」 エディット・ピアフ/ 金子由香利

1.歌詞と曲と演奏など
(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)
2.歌手のこと
(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)
3.歌い方、練習へのアドバイス

 

 

  1. 船乗り相手の港町の娼婦の人生と人生観を、少しご機嫌な歌と、ストーリー展開のための語りで、構成している曲です。日本語の歌詞では、内容が少し違います。当時の日本の世相や道徳観を考えて、変えたのかもしれません。そのため、曲想がやや違って、ピアフでは、やや野放図な性格が、表に出されていますが、金子では、少し悲しい人生が、醸し出されています。

 

2.ピアフは、随所に顔を出すちりめんビブラートが、やや気になりますが、それをも魅力にしてしまうほどの、よくとおる声と、カリスマ性があったのでしょう。

金子は、日本語の歌詞ということで、ピアフとはかなり違う声ですが、それでもかなりがんばって、ひびきも大切にしているようで、日本人によくある、喉に少し力の入ってしまう声ではありません。

 

3.日本語で歌うなら、やはり金子が限界かもしれませんが、思い切りひびきだけを重視すれば、ピアフのような声も、目指せるかもしれません。もちろん、日本語らしさは犠牲になりますが。曲の世界観としては、原曲のまま、表現して欲しいところです。(♭Ξ)

 

 

1.フランス語を基本としながらさまざまな言語が出てきて呼びかけている面白い曲です。船の汽笛の音が含まれていて情景をよく表しています。

 

2.この歌のニュアンスは、男性を誘っている部分にあると思います。その意味で、ピアフの音色、歌いまわし、発音はうまいなと思わせる部分が多いです。貴族や階級の高い人物ではなく、もっと民衆に近いことばさばきがまさにピアフの真骨頂といった感じでしょうか。

フランス語の鼻母音だけではなく鼻にかけるような音色を多用することで、異性を誘っている雰囲気の演出がわかりやすく、母音やロングトーンにもその雰囲気が漂っていて聞き手を引き込みます。どこか猫のような音色を使っているのも素敵だなと思います。

金子は発音も鮮明で音色もオリジナルのものがあると感じて素晴らしいと思います。タバコや酒やけのような声の雰囲気が意図としてやっているかはわかりませんが、そのあたりがどこか日本的だなという印象です。

ピアフはどこかかわいらしい人物を連想させ、金子は日本的な港町の娼婦のイメージを歌っているように聞こえます。

 

3.きれいな声やいい発声だけでは難しい表現の歌だと思います。歌詞を読みこむことから始める必要があるでしょう。そういう意味では歌うということよりも役者的な訓練が必要かと思います。体から台詞を発するということです。台詞を喉で細工するのではなく、体で支えて出しましょう。それができてきたらメロディにのせて歌ってみるといいと思います。(♭Σ)

 

 

1.歌詞はハンブルグの港町で生きる娼婦を描いているので、基本的には女性が歌う曲になります。「ハンブルグでもサンチャゴの街も世界の港は何処でも同じさ」で軽快なリズムで歌い、心情を語る、軽快なリズム、心情を語る、を繰り返す構成になっています。リズミカルに歌う、語るように歌う、というのをメリハリをもって演奏することが求められます。心情を語る部分の表現によって、歌手それぞれの雰囲気や個性が出やすい曲だと思います。

 

2.ピアフの声は街の女という雰囲気にとてもマッチしているという印象を受けます。ピアフの人間味のある声や歌い方(少し強め、いい声を出そうとしていない感じ)を聞きながらしぜんと歌詞の内容をイメージしています。ピアフは他のシャンソン歌手よりも子音Rを多めに巻いているように思います。それが結果として娼婦や街の女という表現の一助にもなっている気がします。

金子もまた、声の雰囲気と歌詞の内容がマッチしていると感じました。ドイツ語の発音だけがカタカナなのはやや気になりましたが、心情を語る部分では音程はついているものの、ただただ語っているように聞こえて熟練の歌手の表現だなと思わせます。

 

3.表現力を求められる曲なので、初めてこの曲に挑戦するのであればまずは日本語の歌詞で練習するといいです。日本語歌詞で自身の思い描いた表現をした後での方が、仏語歌詞での音楽作りも断然に近道です。

また、日本語であれフランス語であれ、心情を語る部分では表現として旋律を揺らす感じになります。これも最初からそれらしい感じでやって雰囲気だけを求めると、いつまでも曖昧な感覚のままになってしまいます。まずは、同じテンポの中で拍を取りちゃんと全部の音をしっかりと歌えるようにして、曲全体の地盤をつくりましょう。その後でなら、旋律を多少揺らしても崩壊せずに表現がしやすくなります。(♯α)

 

 

1.歌うというよりも語りの要素が必要とされる曲だと思います。セリフのような部分と、歌のような部分の2つで構成されていると思いますが、歌の部分も歌いすぎず、語りの要素を大切にできるとよいと思います。

 

2.ピアフは歌うというよりも、セリフのような語り口で進めている印象を強く受けます。語りを強く出す部分と、語っているけれど音程をしっかり保っていますね。

金子も歌うというよりも、セリフのような語り口で進めている印象を強く受けます。ただし、ピアフと比べると、語りの要素が強すぎて、だいぶ音程が崩れている印象も受けます。特に語尾の部分では、全体的に音程が下がっています。

 

3.基本は、全体を通してセリフのイメージがあったほうがよいと思います。歌いすぎてしまうとつまらない曲になってしまうでしょう。その中で、歌っぽく語っている部分と完全にセリフのような部分と2つで構成されていますが、どちらも一貫してセリフの要素を失わないようにできるとよいですね。ただし、セリフを意識しすぎて音程が狂ってしまったり、あまりにもかけ離れすぎたリズムになってしまうと、聞いている人の中には少々違和感をおぼえる人も出てくるかもしれません。セリフと音楽、どちらも織り交ぜて取り組めると素敵に歌えるようになるのではないでしょうか。(♭Я)

 

 

1.リズミカルな伴奏にのって歌う部分と、自由なリズムで語りのようになっている部分が交互に何度も出てくるという構成です。真ん中に間奏を挟み、後半も歌と語りが交互に現れます。言語もフランス語を中心に、英語やスペイン語も混ざっています。

曲の内容は、港での男女の刹那的な恋を歌っていて「一人の男が私を泣かせた、幸せにするよと言った。でもあれっきり会えない」というもの。明るいリズムに乗ったサビ部分が挟まれているだけに、メランコリックな語りの部分がとても浮き立つ曲です。

 

  1. ピアフは声のひびきが類を見ないほどの明るさです。とても上あごにひびいた明るい声です。ブレスが長いのでダイナミックな表現が可能で、少し大げさな巻き舌でことばをくっきりはっきり発音することでとても劇場的な表現となって魅了しています。金子由香利と比べると、テンポは少しゆったり目です。

金子は語尾を下げるように歌って表現しています。毎回同じ語尾の表現だと、聞く方は少しマンネリ化してくるかもしれません。語りを中心に表現して、歌い上げるというより、ストーリーを語るスタイルです。その分あまり、表現の起伏がないような印象も受けますが、この曲の持つアンニュイな雰囲気が出ていると思われます。

 

3.リズミカルな伴奏にのった歌の部分と、ゆったりとした刻みの少ない伴奏での語りの部分のメリハリをつけましょう。しっとりメランコリックに表現したければ金子のような歌いまわしを選ぶといいですし、とてもダイナミックに表現したければピアフの真似をすることでいい練習になると思います。ことばを自分のものにして、台本を読んでいるようにならないように、心から語っているようになるまで、何度も練習が必要でしょう。(♯β)

 

 

1.曲調からは明るい曲に聞こえますが、歌詞を読むと実はとても悲しい曲だと思います。港町の娼婦の設定です。ハンブルグは北ドイツの有名な港町。その職業の刹那的なこともそうですが、「ハンブルグは雨の空」という歌詞が繰り返し歌われ、なんとも物悲しいイメージが湧きます。(私はハンブルグは行ったことがありませんが、アムステルダムに行ったときはやはり雨でした。安居酒屋で一人食事した夜を思い出しました。)歌詞の世界を語り手としてただ伝えるだけで胸にひびく曲になると思います。

 

2.ピアフの淡々と歌う感じが切なさを増します。きわどい内容の歌詞を、悪びれることなくシンプルにことばをおいていきます。「男」が愛を語るところは逆にかなり粘る色っぽいフレーズづくりになっており、逆説的で説得力があります。

金子はノンビブラートでちょっと低めまでポルタメントして終わるフレーズづくりがよいです。「男」に告白されるところ、思い出すところの伴奏がゴージャスでアレンジが面白いと思いました。思い出から我に返る間が絶妙です。金子は、初めて聞くとワンパターンに思えるかもしれませんが、声色、ブレスも、何パターンもあり、表現手段の多さにびっくりします。

 

3.声の練習の意味では、曲始まってすぐの「hello boy」から始まる各国語で話すセリフのところをフレーズコピーしてみましょう。ピアフも金子も工夫があって面白いです。(♭∴)

 

 

1.港町ハンブルグで船乗りたちの相手をする娼婦の情景。陽気な2拍子に乗せて各国語で客引きをする様子に、マンドリントレモロが開放的な空気を漂わせる。男たちが真剣に、あるいは戯れに口説く台詞ではべっとりと拍子が止まる。彼女はそれに溺れることなくドライ。はいはいお仕事、と言わんばかりにまた冒頭の陽気な2拍子が戻ってくる。

 

2.ピアフは蓮っ葉な表現のなかに、どこか甘さを漂わせる声です。喋ることばがそのまま歌になったようにしぜんで明晰です。rをイタリア語のようにはっきりと巻く発音が、歌にパキッとした輪郭を与えています。ミュゼット(アコーディオン)の音のような繊細なビブラートが特徴的です。

金子は非常にリアルに場末の女を体現していて(見事にカタコトの外国語!)、歌手というよりも一流の役者の芝居を見るようです。

 

3.フランス語でシャンソンを歌われる場合は、ピアフをよく聞いてきっぱりはっきり発音することを勉強すべきだと思います。フランス語はなんとなく曖昧に発音すればよいというのは間違いです。

日本語で歌われる場合は、感情を込めすぎると湿っぽくなってこの歌に相応しくないと思います。音域はさして広くない曲ですので、声のポジションが変わらないように留意するとよいでしょう。(♯∂)