V017「帰り来ぬ青春」 シャルル・アズナブール/今陽子

1.歌詞と曲と演奏など
(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)
2.歌手のこと
(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)
3.歌い方、練習へのアドバイス

 

 

1.この曲は、歌詞が重視され、ほとんどの部分にレガートがないばかりでなく、歌詞の都合による歌いまわしが、随所にみられます。それを補うため、きれいなメロディや、長い音符のメロディが伴奏についています。
オペラの中に、歌(アリア)の前や間をつなぐ、台詞部分に音程がついている、レシタティーヴォという部分があります。形としては、この曲に似ていますが、内容としては、この曲は、歌(アリア)になっているので、不思議な感じです。

2.アズナブールは、この曲の作詞・作曲者で、この曲の特徴は、そのままアズナブールの歌手としての特徴といえるかもしれません。ほとんどレガートで歌わず、いわゆるちりめんビブラートも多いのです。
今陽子は、歌詞が日本語のためもあってか、随所に短いながらレガートが感じられ、好感が持てます。シャウトのためか、声がややハスキーになっています。よい発声なので、表現をシャウトで補わなければとも思います。

3.本格的にシャンソンを歌いたい人以外は、なるべレガートを感じながら、歌いましょう。(♭Ξ)


1. 日本語にしたときに柔らかい印象になってしまうのですが、本来はかなり強いことばや表現が多い歌です。日本語の歌詞でそのまま日本人的な感覚で歌ってしまうと、とても甘い歌に聞こえてしまいそうですが、あえて強い表現をもって歌ったほうが効果が高いと感じます。

2. 今陽子は、語っているという印象が強いです。比べると声が弱いというのが第一印象で、同じ曲を歌っているように感じないです。アズナブールの声は息もれが少なく、声とことばの輪郭がしっかりとしているのに比べ、全体に息もれが多いので柔らかいというよりも弱い印象を受けてしまうのでしょう。
しかし、今陽子の歌唱力は日本人としては、とても高いレベルだと思います。ことばも鮮明に聞こえますし、メロデイラインも美しい。声の流れが美しい歌手という印象です。
アズナブールは、声が美しいというよりは、語り方が独特で、声に色があると思います。少し暗めのセクシーな音色が独特だなと感じました。
  
3.日本語のニュアンスで歌わないことでしょうか。あえて、フランス語の歌詞を直訳したものを何度も読んでほしいです。日本語の歌詞と雰囲気が違うはずです。本来のフランス語のニュアンスや内容に書かれた音楽という意識をもって歌うといいと思います。(♭Σ)


1.原曲の歌詞はフランス語ですが、日本語の歌詞に比べて子音が多く、フレーズ自体も日本語より長くなることから、旋律の輪郭が曖昧にならないよう、音楽的表現はもちろんのこと、発音とリズムをしっかり取り組むか否かが演奏を左右します。
また、フランス語歌詞の中には「額の皺」や「倦怠への怖れ」とあるので、20~30代の人が歌うと、歌詞の内容と歌手自身の等身大の表現がチグハグになりかねません。ライブなど人前で演奏する際には、そういったことも考慮して選曲しましょう。

2. 歌う年代や言語などによって違いはあるものですが、アズナブールはフレーズの終わりに小刻みなビブラートのような声の震えがあって気になりました。一方で、今陽子は、声に癖がなく、ストレートな声ならではの表現で、この曲の切なさがよく出ていると感じられます。

3.歌い出しからずっと短いフレーズが続くので(休符が多いので)、こういった曲は全体の流れが途切れ途切れになりやすい傾向にあります。音取りや曲全体を一通り歌えるようになったら、いったん休符を省いて、なるべくフレーズを続けて歌うという練習をしてみてください。程よいところでブレスを入れながらも休符がない状態で歌うということです。この練習をした後で、また元の曲通りに歌ってみると、曲の感じ方がガラッと変わります。ブレスするごとに捉えていたのが、もっとより大きなフレーズとして捉えることができるのです。短いフレーズを歌いながらもそこで途切れず、次のフレーズに向う感覚になっているでしょう。(♯α)


1.原語のフランス語ではことば数が多いのがとても印象的です。日本語訳詞でもことばが多いと思います。ですので、「歌う」というよりも「語る」というニュアンスを大事にした方が合うと思います。

2. アズナブールは、フランス語を喋るように歌い進めていくのが印象的です。語りながら淡々と進めていくのが、結果的に歌になって聞こえているように思えます。
今陽子の声は、比較的軽めですが、劇的に詞を表現しようとしているように感じます。少し表現に偏りすぎてやや叫び傾向になっている部分は、マネし過ぎない方がよいでしょう。

3.この曲は「歌う」というよりも詞を喋るニュアンスが必要とされると思います。フランス語でも日本語訳詞でも、歌詞をしゃべる練習を繰り返し行って、詞の持つフレーズ感を活かせるように心がけるとよいと思います。歌詞をしゃべる、そこに音とリズムが加わっているという認識で、あまり「歌う」と思いすぎない方がよいのではないかと思います。
歌詞をしゃべる練習では、もごもごしすぎて伝わらないというのではもったいないので、口形は極端に変えすぎず、かといって閉じすぎず、しっかりことばが伝わることを土台に考えてみるとよいでしょう。(♭Я)

1. 3拍子、AA B B AA Cでメロディが構成されています。シャンソンの「枯れ葉」と同様の下降する和声進行です。若い自分がすべてを失い、未来に希望を見いだせず、失敗だけが残った自分の人生に絶望しているのです。

2.アズナブールは、曲は3拍子。一語一句はっきりと聞き取れる明瞭な発声で歌っています。日本語で歌う今陽子に比べるとウエットな表現ではなく、切々と語っていくスタイルです。声もしっかり張っているので、メロディラインが美しく耳に残ります。
今陽子は、曲は4拍子、本編の歌に入る前に語りが入っています。ウイスパリングボイスでささやくような声で歌い始めています。語りの要素が強いように感じます。それぞれの言葉「過ぎた昔」「鳥のように空を飛んだ」「誓い合った愛の言葉」「もろい城」などの表現に即して明るい音色で歌ったり、暗い音色で歌ったり、時に泣き声を混ぜるなど歌い方を変えています。アズナブールに比べると、抒情性を打ち出した歌唱になっています。最後のラララでは言葉にならない、少し泣きが混ざったような声で感情を表現しています。

3.3拍子で歌うか、4拍子で歌うかでだいぶ歌い方も、表現もフレーズの長さも変わってきます。フレーズが1小節ずつ物切れにならないように4小節ひとまとまりになるよう大きくとらえて歌いましょう。
日本語で歌う場合は、単語のニュアンスをそれぞれのカラーで表現して歌うと表情がつけやすいと思います。
(♯β)


1.この曲は初めは単調な繰り返しに聞こえるので、構成を聞き取ることが大切です。コード進行に注目してください。イントロとコーダを除いて、一定のコードの繰り返しが6回ありますね。これが2回ずつセットで(頭はhier ancoreで統一されている)、メロディに着目してAABBAAの形になります。それぞれの「一定のコード」はgマイナー7から始まり、dマイナーに終わります。すべて、元の調dマイナー固有の調のセブンス(臨時記号がない、ただしdマイナーの直前のA7は除く)を4度ずつ上行しながら規則的に上がっていきます。このような規則的なコード進行をゼクエンツといい、らせんを上がるように、テンションを上げていくように、進んでいくように、演奏します。特にメロディラインが下がっていくので、フレーズが下がっていくように歌ってしまう人が多いと思いますが、最後のA7までテンションを上げていくように。

2.音形が下がっていくフレーズをどう処理するかを聞き比べてみましょう。
アズナブールは伴奏とずれて食い気味に入っていくことで、フレーズのテンションを保っています。伴奏とあっているのは各番の初めの「hier ancore」と曲の最後の「mes vingt ans」くらいではないでしょうか。
今陽子はフレーズの中というより、フレーズを繰り返す中で少し盛り上がっていくように設定しており、アレンジの魅力もあってこれはこれで魅力的です。

3.歌いだしはとても大切です。Hier ancore 出だしをフレーズコピーしてみてください。初めに体の深いところで取れないと、そのあと上ずるだけになってしまいます。大地にずぶっと刺す感じで。(♭∴)


1. 原題は「Hier encore(つい昨日のこと)」。考えなしに生きていた20歳の頃の愚行を自嘲気味に、しかし少し懐かしげに振り返る内容です。ドライな詩に反して、音楽はセンチメンタルなワルツでストリングス中心のシンプルなアレンジ。
日本語版は4拍子にアレンジされ、原詩にはない失恋要素が加えられているため、全く別の曲といってよいウエットな印象に変わっています。

2.アズナブールは、ぶっきらぼうに突き放したような歌い方で、ほんの少ししゃがれた声は決して美声ではないが、リラックスした身体から繰り出され、無理なく心地よいです。歌詞が全て書き取れるほどにことばが明瞭です。
今陽子は、ほんのりハスキーなのにのびやかな声(なかなか両立しない要素!)で、女性的で甘美なピアニシモからダイナミックなラストまで破綻なく運んでいくのは圧巻でしょう。

3.フランス語で歌われる人にお伝えしたいのは、フランス語はもっとクッキリと発音すべきだということです。なんとなくモゴモゴと言葉を口の中に留める印象のフランス語ですが、アズナブールやピアフを聴いてみてください。曇りないクリアなのがわかると思います。
この曲に関しては、音域はそれほど広くありませんので、よくリズムに乗せて読む練習をするのが肝要です。湿っぽく歌わず、一歩離れたところから自分の姿を眺める冷静さが肝要かと思います。(♯∂)


「福島英のヴォイストレーニングとレッスン曲の歩み」より
27.シャルル・アズナブール 「ラ・ボエーム」「イザベラ」「帰り来ぬ青春」
 
 シャンソンの悪名のちりめんビブラートのように聞こえて、とっつきにくい人も多いのですが、あるとき、その声の魅力に目覚めるとはまってしまうのが、シャンソン歌手の第一人者、シャルル・アズナブールです。
 
  「ラ・ボエーム」は、日本語歌詞をせりふとして読み切って、できるだけそのままメロディを従えています。「イザベラ」は、「ことばをメロディ処理」する練習に使えます。特に「イザベラ」と繰り返すところは、そっくりその練習になります。「イザベラ」で1オクターブ半あがっていくのです。せりふとメロディの混ぜ方もアズナブールならではのものです。(「機動戦士ガンダム」のシャア・アズナブールは、彼の名に由来します。)
 
 「帰り来ぬ青春」は、多くの人がコピーしています。シャーリー・バッシーがお勧めです。日本では今陽子がもっともよく、梓みちよや深緑夏代もよいです。
 今陽子はピンキーだった頃の「恋の季節」の「恋は、私の恋は~」、梓みちよの「二人でお酒を」の「それでも~ 飲みましょうね」は、日本人離れしたフレーズです。
 それにしても、青春の頃に聞いていたこの曲を、もう帰り来ぬ青春とわかる年齢になって、想い出すことになるとは感慨深いものです。もう帰り来ぬ人の唄。
 
 他に聞いてほしいアズナブールの曲と比較したい歌手をあげときます。
 「帰り来ぬ青春」シャルル・アズナブール、シャーリー・バッシー、イヴァ・ザニッキ
 「イザベル」
 「ラ・ボエームイヴェット・ジロー、しますえよしお
 「想い出の瞳
 「エルザの瞳」
 「哀しみのヴェニス」村上進
 「コメディアン」
 「愛のために死す」大木康
 「ジザベル」
 「青春という宝」
 「私は一人片隅で」
 「忘れじのおもかげ(she)」エルヴィス・コスティロ