V014「タイムトゥセイグッバイ」 アンドレア・ボチェッリ&サラ・ブライトマン/中島啓江&布施明

1.歌詞と曲と演奏など(歌手以外のこと)
ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど
2.歌手のこと
声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと
3.歌い方

 

1.低い第4音から、高い第2音までの、1オクターブと6度という、かなり広い音域の、デュエット曲です。ミックスヴォイスや裏声を使う女性には、取り組みやすい人はいても、実声しか使わない男性には、かなり難易度の高い曲です。実際に有名な部分は、歌の11小節目からです。冒頭の、16分音符の羅列が続く2フレーズと、同様に16分音符の羅列が続く、中間部分の4フレーズの早口も、特徴的です。

 

2.アンドレア・ボチェッリ&サラ・ブライトマンは、ミュージカル畑のソプラノ歌手と、オペラにもチャレンジした盲目のテノール歌手です。声楽の発声をベースにしているため、難なく歌えています。サラ・ブライトマンのソフトな発声スタイルが、安定して無理のないアンドレア・ボチェッリの声に寄り添っていて、曲の内容にも即し、とても効果的なものになっています。

一方、中島と布施の演奏は、オペラ畑の声楽家と実力派の歌謡曲歌手の組み合わせです。もちろん無理なく歌えてはいますが、曲としては、全く違うものになってしまっています。サラ・ブライトマンはミュージカル歌手だったので、マイクをうまく使いこなして、自分の声を表現することが、しっかり板についているようです。それに比べると中島は、マイクを使わないオペラ歌手の声の使い方が、どうしてもぬぐい切れないようで、冒頭の部分も、弱くはありますが、ある程度の充実した声になってしまい、オブリガートの部分から後半に向かっては、布施の声に対抗しているかのように聞こえ、ふたりの寄り添い感のなさが、気になりました。

 

3.曲頭の、16分音符の羅列が続く2フレーズと、中間部分の16分音符の羅列が続く、4フレーズの早口を、しっかり板につくまで、何度も繰り返し練習する必要があります。また、有名な部分の4小節目と9小節目(歌の14小節目と19小節目)の、1オクターブの跳躍は、ほぼ最高音への跳躍なので、安定して、楽に出せないといけません。なぜなら、後半の転調で、同じフレーズの最高音が、2音高くなるだけでなく、さらに、曲の最後のロングトーンは、その最高音になるので、自分の出せる最高音の、3~4音下に、この音が来るように、キーの設定をするのが、安全です。(♭Ξ)

 

 

1.この曲は低音域のAメロから高音域のサビまでの楽譜上の印象と聞いている印象がとても違う曲です。打楽器のボレロのようなリズムがとても印象的です。均一に刻まれるリズムの上で言葉をメロディにのせて堅苦しくならずに歌うのは、難易度が高いです。

 

2.日本人のポップス歌手として布施明のポテンシャルの高さがよくわかります。しかし、この曲はあくまでもイタリア語の言語に合わせて作曲してあるのでレガートに歌わないと音楽と言葉がリンクしないです。 声がレガートにならないので曲と声が合わずに歌詞が聞き取り辛いです。子音で口腔が狭くなるのも要因の一つでしょう。逆に中島は美しいレガートが歌えるので布施よりも発音が聞き取れます。

ボチェッリは流石の声の美しさと高音域の安定で美しい高音をきかせてくれていますがAメロはテノールの彼にはとても低いので流す程度で歌っているのが印象的です。サラ・ブライトマンはどうしてもボチェッリと並ぶと声が貧弱に聞こえてしまいます。中島もそうなのですが高音域にはいるとどうしても発音の不鮮明さがきになります。これはライブだと声を楽しむということもできるのですが、録音だけで聞いてしまうと発音不鮮明さが気になってしまいます。

 

3.基本的にレガートで歌うことを第一に考えるべきです。表現に偏らず声を重視してトレーニングしないとかえって声の弱さが際立つことになる曲でしょう。(♭Σ)

 

 

  1. 前半や中間部のように音や発音が多くて語り口のように歌う部分と、メインとなる旋律(サビ)でしっかり歌い上げる部分とがあるので、全体的にメリハリをつけた演奏が求められます。またオリジナルは男性と女性のデュエットですが、一人で歌う歌手もいれば、デュエットでも歌うパートの分け方をさまざまにアレンジして演奏されています。

曲名の「Time to say goodbye」は、伊語では「Con te partiro'」となり、実際に 曲中でもCon te partiro'に置き換えて歌う場合もあります。

 

  1. イタリア語の発音に関しては、サラ・ブライトマンは少し発音の癖があり、-daが-laに、-toが-doに聞こえる部分があるのがやや気になります。一方、中島と布施にとっても歌詞は外国語になるのですが、二人ともしっかりとした発音をされています。とかくアジア人は発音が不利だと思われる人が多いですが、例えば英語圏の人にとっても英語以外の歌詞は全て外国語なのです。歌唱はもちろんのこと、発音がしっかりできているかどうかも本人の練習次第であり、ローマ字の言語の人たちより少しだけ時間をかければ、引けを取らないクオリティで歌えるということを伝えたいです。

 

3.曲中で1オクターブ音が飛躍する箇所は、ブレスを入れずにひと息で歌うとメロディをより引き立たせる(盛り上げる)ことができます。この同じフレーズが転調を含めて5回ありますが、例えば転調ではあえてブレスを入れて高音から直接歌ってみてください。フレーズが同じでも、ブレスの位置を変えるだけで聞き手にはまた違った印象になります。

1オクターブの部分では、三連符もありテンポが遅れやすいです。高音域でテンポも遅れ、そのなかで歌詞も発音するとなると、喉に負担がかかり声が進みにくくなります。また、なかにはテンポの遅れを自覚しにくい人もいるかもしれません。遅れの自覚があってもなくても、リズム読み(音程を省き、リズムに合わせて歌詞を発音する)をした後で歌う、という練習を取り入れることをおすすめします。(♯α)

 

1.日本語訳詞で歌われることもあるようですが、せっかくイタリア語で書かれた曲ですので、原曲通りメインのイタリア語と一部英語というパターンのほうが美しく聞こえます。個人的な印象としては、日本語で歌うと違和感をおぼえます。それくらい日本語訳詞というのが合わないように感じます。

 

2.日本人のなかでも歌唱力の高い二人だけあって、二人とも声のパワーと言葉裁きが美しい印象を受けます。これだけ歌える二人ですから、却って日本語歌唱というのがおかしくも感じます。

アンドレア・ボチェッリ&サラ・ブライトマン、こちらも歌唱力の高い二人ですね。サラ・ブライトマンに関しては、日本人がマネできないような独特な歌い方が特徴だと思います。

 

3.ある程度の音域を必要とする曲ですので、それなりに訓練が必要かと思います。高音域に対して苦手意識が強い人は避けた方がいい曲かもしれません。もしこの曲をお歌いになるのであれば、基本的には、イタリア語を喋る感覚を大切にできるとよいと思います。冒頭の部分は言葉も多いですので、歌おうとすることよりもイタリア語を語るニュアンスが多い方がいいのではないかと思います。このイタリア語尾の語感は、後半の音域が高くなっていく部分でも失わないようにしていくことで、歌いにくさが改善されるのではないかと思います。(♭Я)

 

 

  1. グッバイとタイトルがついているので、お別れの曲と思いがちですが、イタリア語だと「共に旅立とう」というタイトルでとても前向きなエネルギーに満ちた男女の旅立ちの歌です。歌詞に水平線という言葉が出てくるのですが、聞いている人が遥か彼方遠く海の水平線を感じられるように歌ってください。

1番はレチタティーヴォ→Aメロ→サビ、2番は1番の変形型レチタティーヴォ→サビ、最後に転調してコーダという構成です。コーダ部分のリズム、ラヴェルボレロでおなじみの3連符の刻みのリズムで、フィナーレを盛り上げています。

 

  1. 中島、布施、二人とも共通しているのは、輝きのある響きのある声であり、高音になればなるほどその力量をますます発揮しているが、中低音が音程がフラット気味になっている点が残念です。どちらも高音が得意な歌手なのでしょう。特に中島の胸声で中音域のフラットが顕著です。二人とも、太く歌っているので、一見声量があって迫力があるように聞こえますが、太いということは、呼吸のコントロールが完ぺきではないということの裏返しでもあります。

サラ・ブライトマンは完全にファルセットでウイスパリングボイスで歌っているので、中島とは全く逆の表現、まったく別の技術です。高音は中島ほど体を使っていないのでやはりファルセット気味な出し方です。一方ボチェッリは、しっかり地声の声帯を合わせた歌い方で歌っているのが特徴です。中低音から高音に一オクターブで上がるところも、きちんと声帯をくっつけたまま体の支えとともに歌っています。前述の二人のように、声が太くないのにしっかり聞こえてくるのはそのせいです。

 

3.最初のレチタティーヴォはフレーズのゴールを意識して歌い始めましょう。すべての音符が均等なのではなく4分音符の「role」「sole」韻を踏んでいますね、ここに向かうようにフレージングしましょう。se non ci ~は休符やブレスを音楽の一部ととらえて、平板にならないように気をつけてください。con me はあとから何度も出てくるこの曲のキーワードのようなもので「私と(with me)」という言葉ですので丁寧に歌いましょう。 mai vedutoのオクターブは下の音でしっかり支えて上に上がってください。キンキン声にならないよう、丸みを帯びた高音を目指しましょう。二番の con me が羅列している部分は最後のcon meに向かうように緩急をつけてください。急、急、さらに急、緩といった具合です。

最後の io con me では高音の技術が露呈します。しっかり体で支えられるように、トレーニングする必要があります。背中を下に下げる、横隔膜を広げて保持する、下半身を少し下げて重心を感じるなど気をつけてみてください。喉が開きなれていないとすぐには歌えないと思いますので、あくびの口の開き方で常々ほぐしておきましょう。(♯β)

 

 

  1. リズムについて書きます。ヴォーカルはよいリズム感を持っていないといけません。その第一歩として、録音を聞くときにその伴奏の気になるリズムグループをすべて聞き取れるようにするとよいでしょう。イントロの低弦のピチカートのようなリズムにまずは注目してください。大きい弦楽器コントラバスのピチカートをイメージしてみると、体全体を震わせる「ハイ」のイメージがつかみやすいかもしれません。次に途中からなってくるスネアの三連符のリズムです。そのリズムがヴォーカルと相互作用しているのを聞きとってください。

 

2.出だしの女声の、声を置いていくような表現、コロコロした声、そのブレスをよく聞きましょう。「息が体の奥にすとんと入る」という感じがわかると思います。同じ部分を男声はよりすらすらと、独特の甘い声で入ってきます。二人とも、出だしから少しずつ「発展させて」サビに入っていきます。声色、リズム、強弱を使って音楽がフレーズが盛り上がる様子を聞いてみてください。

 

3.デュエットは、互いの声によく耳を傾けることになるためとても勉強になります。自分の方の声(つまり男なら男声)をよく聞くのももちろんですが、違う方の声(男なら女声)も聞くのです。この曲は珍しいことに一緒に歌うときは常にオクターブ(つまり現代の記譜法では楽譜上同じ高さ)で歌われるので、違いがわかりやすいでしょう。(♭∴)

 

 

1.英語では「お別れを言う時」という意味のタイトルですが、原語のイタリア語 Con te partiroは「あなたと共に出発しよう」という意味で、二人で新天地を目指して旅立つといった内容です。離別の歌ではありません(「あなた」は死者であるとも解釈できますが)。結婚式でも人気の曲です。

歌詞は元々イタリア語ですが、歌詞の一部が英語になったものがよく演奏されます。大海原を思わせる緩やかなボレロのリズムに乗って、晴れやかな船出が描かれます。

 

2.サラ・ブライトマンアンドレア・ボチェッリは双方ともクラッシック一辺倒ではない軽やかな発声。非常に親和性が高く心地いいです。また、伸びやかな高音には、オペラやミュージカルで鍛えたからこそ出せる確かな職人技を感じます。それと比べると中島と布施は音程が悪く方向性もバラバラに聞こえます。

 

3.オペラとポップスの融合スタイルなので、演奏には幅広い音域にわたる発声技術と明瞭な言葉が大前提です。その上での注意事項としては、頑張って歌わないことだと思います。1オクターブの跳躍を表情を変えずにできる余裕を持って、冷静に演奏すると効果的です。(♯∂)

 

 

まず、日本版の中島と布施のは、TV番組で放映したライブなので、洋盤の完成作品に対して比べるのは、フェアではないと、お二人の名誉のためにも、記しておきます。

松本隆の訳詞の素晴らしいことばで、どのようにプロが処理展開するのかを聞いてほしいものです。

「ゆりかごみたいに あなたに甘えた日々」

「旅行カバンにつめこんで船に乗る」

からはじまる出だしのあと、

「光の、消、え、た街」(布施)

「みつ、め、あう、まなざしだけがしゃべりすぎ」(中島)

「いい、かけた、ことばを 汽笛がさらう」(布施)

この3行のフレーズでの即興的なかけあいは、日本語のことばとメロディとの構成、フレーズの展開力で、見事に呼吸とともに、オリジナルな表現に結びつけています。

その後のサビへの歌唱以降には、好き嫌いもあるでしょう。各人の述べた感想もその一端でしょう。(♭π)