V035「上を向いて歩こう」美空ひばり/坂本九/マリーナ・ショウ

1.歌詞と曲と演奏など

(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)

2.歌手のこと

(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)

3.歌い方、練習へのアドバイス

 

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1.4/4拍子で書かれた楽譜ですが、楽譜通りに歌うと、全く違う曲になってしまいます。もともとロカビリー歌手だった坂本九が、本番当日に楽譜を渡され、自分らしく歌い回した結果、できあがった曲が大ヒットにつながったそうです。低い第五音から高い第六音という広くない音域も、多くのカバーにつながったのかもしれません。

 

2.坂本九は、ロカビリー歌手ということもあるのか、レガートで歌うことが苦手かもしれません。ただ、この曲の大ヒットは、そんな8ビートに乗せたメロディの歌い方が、支持されたからなので、レガートでなくてもしっかり声が飛ばせる点は、是非マネするべきでしょう。ところどころに、ちりめんビブラートが聞かれるのは、彼の特徴です。

美空ひばりは、さすがに、見事に坂本九の作り上げたこの曲の世界観を、しっかり再現・カバーしています。さらに、途中では、スローテンポにして、レガートでこの曲を歌い上げて見せていて、圧巻です。

マリーナ・ショウは、ジャズシンガーなので、中盤手前から、アレンジを加えて歌っているので、曲想としては、違和感を覚えますが、発声としては、無理のないよい発声のようです。

 

3.まず一度、楽譜通りに歌ってみて、この曲との違いを表現してみるのも、よい譜読みの練習になるでしょう。その後は、坂本九の歌をよく聴いて、リズムの感じ方をマネして、8ビートで歌い、声が飛ばせるように、練習しましょう。また、歌詞でよく間違えられるのが、「ひとりポっち」を、「ひとりボっち」と、濁点にしてしまうことです。くれぐれも、気をつけましょう。(♭Ξ)

 

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  1. 4分の4拍子でスローなテンポ感。そしてけっして複雑でないリズムと中庸な音域なので歌うということだけで言うならば、けっして難易度は高くないと考えます。歌い手の感性で成立させやすい曲です。特にバックオーケストラの打楽器が曲に裏拍のリズムを加えて軽快な印象を与えています

 

  1. 美空ひばりの歌はなんといっても日本語がよくわかります。坂本九よりもリズミックではなくレガートに歌っています。日本語が美しいのに子音が柔らかくレガートで歌えています。

マリーナ・ショウもとても味わい深い歌になっていますが、美空ひばりとの一番の違いは高音域のアプローチでしょうか。美空ひばりは少し頭声の雰囲気をもたせながら、軟口蓋などをうまく操作して、鼻声のように柔らかく、せまい道を声がとおるような歌い方をしていますが、マリーナ・ショウは低音の声のままの音色を保ってパワフルに声をだしています。胸声のままのアプローチといっていです。より支えが必要なのが後者のアプローチです。

 

3.この曲は様々な歌手がカバーしてきているので、耳のトレーニングとしてもいいと思います。どのような表現方法が自分にあっているか 、自分の好みか。自分にあっているやり方と自分がやりたいものはイコールではないことが歌の場合多いので注意しましょう。どちらを選択するかは歌い手しだいです。

曲としてはけっして難易度は高くないですが、鼻声で処理する日本字歌手が多い歌でもあるので、体を使って歌うことを忘れないように気をつけましょう。外国人もたくさんカバーしているのでそのようなアプローチもたくさん聞いてみるといいと思います。(♭Σ)

 

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  1. 4分の4拍子で四分音符も多い曲ですが、Bright tempo(快活な速さで)とあるとおり、日本語で歌う際にはあまり重たい感じにならないよう前に進むテンポで演奏する曲です。

オリジナルでは曲中に口笛が入っており、割と珍しい構成ではあると思います。あまりに有名な曲で多くのアーティストが演奏しており、曲のテンポ感やアレンジもさまざまある中で、さらにアレンジを試みるのもいいのですが、逆にオリジナルに沿って演奏するというのも聴衆には新鮮に聞こえるかもしれません。

 

  1. 坂本九は持ち前の声の明るさや、微笑みながら歌っているというのが声から感じられるなど、かなりしぜんと聞いている人に元気を与えるような、何かを呼びかけるような、そんな歌声の持ち主だったのだろうと想像します。

美空ひばりは独特の歌いまわしがよい意味で個性が出ている一方で、曲に合わせて声色を使いわけ、明るめで軽やかな歌声にしてこの曲を引き立てているのだとも感じます。

マリーナ•ショウは、オリジナルの旋律にかなり手を加え、ゆったり目のテンポと声量のメリハリでまた違った雰囲気の曲に歌い上げています。声がややハスキーですが、それも含めてこれはこれで素敵だなと思わせる歌い方、曲の仕上げ方だと思いました。

 

3.この曲は真面目に音をなぞって歌うと、ついリズムが縦割りになってしまいがちです。そうなると声が前に進みにくくなり、伸ばす音符も息が続かなくなってしまいます。テンポを急ぐということではなく、前へ前へと進めるつもりで歌う、ということを意識的に行ってみるのも手です。また、いったん休符を取っ払って歌うという練習も効果的です。

例えば「なみだが(休符)こぼれ(休符)ないように」や「おもいだす(休符)はるのひ」では、休符をなくして1フレーズとして歌ってみるのです。リズムを縦割りにしていた感覚が一気に解消され、息の流れも促されるので休符をもとに戻した後も歌いやすくなっているはずです。(♯α)

 

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  1. 歌詞はわかりやすく、音楽もメロディックであり、多くの人が知る名曲なので、比較的歌いやすいのではないかと思います。

 

  1. 坂本九は、声楽的な見方をすると、喉の位置が高く、リズムを喉で打つ独特の歌い方に聞こえます。坂本九だから成立できているような感じを受けますので、声マネはあまり行わない方がよいと思います。

美空ひばりは、やや音楽の作り方が重たく聞こえますが、全体の印象としては鮮やかに聞こえます。また、声色を変化させることができるのも、美空ひばりの特徴だと思います。

マリーナ・ショウは、英語の詞ですが、語るように聞こえるのが特徴的だと思います。歌おうというよりも、「詞を語る」ということを土台としながら、それに音とリズムを載せているという印象を多く受けます。それゆえ、言葉の流れがしぜんに聞こえます。

 

3.坂本九の歌い方が好きな人は、歌い方や声の質も含めてマネをしたくなるかもしれませんが、喉が上がったり下がったり不安定になりやすくなると思いますので、個人的には、マネをするのではなく、自分自身の楽器の特徴を活かして歌えることを大事にした方がよいと思います。

そして、歌詞の内容自体は非常にわかりやすいものだと思いますので、聞き手に言葉や内容が伝わりやすいように、言葉のフレーズの作り方などを大事にしているとよいのではないかと思います。(♭Я)

 

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  1. 永六輔が作詞ということで、「見上げてごらん夜の星を」をセットで聞かれる曲です。どちらも夜が舞台の曲です。AABAの構成で成り立ち、途中口笛を挟んでいます。 シンプルなリズム、音で構成されているだけに言葉の歌いまわしにセンスが問われるかと思います。「幸せは」の「せは~」に初めてシンコペーションのリズムがきているのも特徴的です。

 

  1. 坂本九は、声を深く作らずに、浅めで明るさと軽やかさが出ています。声の裏返りを使用したり、しゃくった声で音階を移動しています。

「泣きながら」を、泣いている表現だけど明るい音色で歌っているところに聞く人の哀愁を誘うのかもしれません。

美空ひばりは、ドラマがエイトビートで刻んでいます。言葉の頭の歌い方が非常に特徴的です。これだけでひばり節とわかります。そして、テンションをかけて張る音と、それを抜いて歌う音のコントラストが如実です。しゃくりあげる表現を多用しています。よく聞くと一語一音、音色を変えて歌っているのがわかるでしょう。

マリーナ・ショウは、 恋人に向けたバラード調の曲になっているので、 伴奏もストリングスと、ジャズアレンジのピアノで、ドラムがリズム刻んでないのでしっとりしたイメージです。日本語の曲のようなスイング感はなく、切実に歌い上げています。時々泣き声のような表現を入れています。「あなたが私と共にいてくれたらいいのに」で歌が終わっていて、恋人への切なる思いを歌いあげていて、日本語の曲調とは全く違います。

 

3.3人とも全く音の捉え方が異なるため、どのようなスタイルの演奏を求めるかで 歌い方も異なるでしょう。

楽譜だけ見れば4分音符の羅列のように記譜されているので、音符一つ一つを歌って止まりがちになってしまいますが、これに騙されてはいけません。言葉からくるニュアンスをしっかり歌いあげてください。

「うえをむーいて」の「むーいて」はミドラソと下降してくる4分音符が4つ並んでいますが、4つの音符がすべて平等ではないですね。また「涙が」「こぼれ」「ないように」の語頭もしっかり印象づけて発音してみましょう。シンプルだからこそできることはたくさんあると思います。(♯β)

 

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1.Aメロ、Aメロ、サビ、で一番。もう一度Aメロ、Aメロ(この前半は口笛)、サビ、で二番。もう一度Aメロが一度出てきて、これがコーダ。以上が曲の構成です。

この曲のように、Aメロ、Aメロ、サビ、が最も基本的な音楽のフレーズの形です。Aメロをただ繰り返すのでなく、一回目より二回目のほうが盛り上がっているように、その盛り上がりのままサビに突入してください。同じように、一番より二番のほうが盛り上がるように、その盛り上がりのまま、コーダに突入してください。(コーダは半音高く転調しており、自然に盛り上がって聞こえます。)

この明るい曲ですが、サビの途中で一度陰ります。(短調、マイナーコード。)そこが表現の肝です。サビの前半の第三音はやや高めに、後半の第三音は低めに取ります。(全員そのように歌っています。)

 

  1. 坂本九は底抜けに明るい声、一見ぶつ切りのようですが、フレーズが見事につながっています。

美空ひばりは、アカペラの部分を聞いてください。「上を向いて」のアグレッシブなまでの吐き方。下行音形でテンションが下がらずに、上げながら次につなげます。

マリーナ・ショウは、フレーズを自由に展開していきます。声ももちろんですが、このフレーズを展開する感覚、同じメロディを繰り返さない。全く同じ楽譜でも(クラシックのように)、一回目より二回目のほうが「高い状態」になっていないといけません。この演奏では実際にメロディが変わっていくので、その感覚がもっとわかりやすいと思います。声は、転がるようでいて、それでも深い声。

 

3.美空ひばりのアカペラ部分をフレーズコピーしましょう。フレーズをぶつ切りにしない、「上を向いて」「歩こう」「涙がこぼれないように」が短短長、これで一つのフレーズです。「上を向いて」でフレーズが終わってしまわないように、「歩こう」が高い状態になるように。そうならないように3人歌手がどういう工夫をしているか、聞き取ってみましょう。(♭∴)

 

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  1. ちょっぴり辛い歌詞を、涙をこらえるように前向きに昇華させたリズムと音楽で、世界中の多くの人の心を捉えた名曲。「幸せは雲の上に、幸せは空の上に」で長-短と和声を変えての反復で翳りを見せる以外は、単純明快で明るい和声進行のみで描かれています。8ビートの曲ですが、2拍をひとつで取るとゆっくり歩くぐらいの速度となり、万人受けする心地よいテンポ感です。印象的な口笛は、歌唱部分を凌ぐハイレベルな技量となっています。

 

  1. 坂本九の声は、明るいカウンターテナー(女性アルトと同じ音域の男性)。微笑むようなファルセットを混ぜた声と、邦楽的な揺らぎを取り入れた音運びが特徴的です。

美空ひばりは、アカペラ部分で軽くコブシを混ぜた歌唱で、時折4分の1音ほど下げた絶妙の和声感を見せてくれる。これはちょっと真似できません。

マリーナ・ショウは、息交じりの豊かな声で、高い柔軟性を見せる歌唱。原曲とは違ったスケールの大きい世界観を歌い上げています。

 

3.本質的には行進曲なので、遅れないように、重くならないように歌うことが肝要です。シンプルさ故の難しさはありますが、衒わず素直な声を心がけるとよいでしょう。(♯∂)

 

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「福島英のヴォイストレーニングとレッスン曲の歩み」より(https://www.bvt.co.jp/lessonsong/

20.美空ひばり 「上を向いて歩こう

 

 カバー曲も入れ、1500曲以上残したひばりのなかで「上を向いて歩こう」では、途中、アカペラでペースダウンして歌いあげています。

 ふつうにこなしてしまうだけでは、終えられない女王の意地とともに、そのメロディとリズム、ことばの融合性ミックス、支える声と呼吸のレベルの高さは感嘆ものです。

 

 私のところではすぐに何人ものプロの歌手やハイレベルの歌い手にコピーさせてみられるので、その差や違いが誰よりも明確に確証を得られるのです。そして同時に、その歌い手の才能、能力、実力とともに不足点、欠点も明らかになります。自分一人でやるのと客観性がまったく違います。☆

 

 歌詞と音楽性の両立を日本で安定してどの曲でも成したのは、美空ひばりです。それには7つの声、なかでも、日本人にはめずらしく低く太い声の存在、芯のある声の存在です。これが裏声や高音の発声と伴っている歌手は日本では稀有です。

 その秘密は、少女時代にすでに大人の声をもっていたことにあります。そこでは、時代劇のような芝居浪花節のような語り、腹から声を出す少年役から男役が多くて、女優としてもそういう声を使えるのは他になかったでしょう。

 

 日本の女優の声は、清く美しく正しくとつくられ飾られていました。宝塚歌劇団が男役として身長が高く低く太い声の出る大スターを輩出しながら、初期のレベルを越えられないのは、花嫁教育指針と先輩のコピーにあったと思います。

 

 ひばりは身長150cm台、高音向きのようですが体形や首からみると中音向きです。高く細い声-低く太い声を自由に行き来できることで、歌をことばとして扱える条件を満たしています。高く太い声-低く太い声、この太いは、深いという方が合っています。ひばりは、高く太い声もあるのですが、それほど使っていません。世界の一流の歌手は、深い声で高低を感じさせずに一本化し、一体化しています。ひばりがそうしなかったのは、日本の歌の伝え方、端唄や小唄、清元の歌唱イメージ、あるいは日本人の感性かもしれません。最終的には、ことばの語りを選んだのでしょう。