V016「神の思いのままに」 ジルベール・ベコー/しますえよしお

1.歌詞と曲と演奏など
(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)
2.歌手のこと
(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)
3.歌い方、練習へのアドバイス

 

 

1.とても素直な構成で、あまり細かくない音符で、比較的に均等な長さの音符でできています。部分的には、歌詞の都合や歌いまわしで、細かい音符にわかれたりもしますが、1オクターブ余りの音域ということもあり、それほど歌いにくくはありません。

順次進行が多く綺麗な旋律ということもあり、声の美しさを見せやすい曲です。曲の最後は無理のない高さのロングトーンで締めくくられていて、こちらも、いろいろな表現が可能で、カバーしやすいでしょう。

 

2.ベコーは、エディット・ピアフにすすめられて、ピアニストから歌手になった経緯もあり、ピアフが好みそうな声の持ち主です。しぜんなことばの発音も、声に影響を与えることなく、力強い声も無理なく使えています。

しますえは、口の中がよく空いていて、クラシック歌手が他分野を歌うときに近い日本語になっています。シャンソンというジャンルのためか、声の揺れが少し大きいですが、意図して使いこなしているようなので、シャンソン(日本の)としては、通常のことなのかもしれません。声の揺れ以外は、なかなかよい発声です。

 

3.クラシックを目指している人なら、声を揺らさないように、口の中を空け気味にして、メロディの美しさを感じながら、無理のない綺麗な声を随所に散りばめられるように、取り組みましょう。他のジャンルを目指す人は、口の中は空けなくてもよいですが、できれば綺麗なメロディを活かせるように、レガートで歌えるように、練習しましょう。そこでは、ベコーはお手本にしないようにしましょう。(♭Ξ)

 

 

1.単純なコードと伴奏の曲なので歌手の技量がとても試されるような曲です。何よりもメロディがとても甘い曲なので難易度が高い曲という印象です。派手な曲よりもこのような曲を丁寧に美しく歌う方が、歌手には大変です。あまり跳ねるようなリズムではないですが展開が早く人を飽きさせません。

日本語訳はメロディとリズムとうまくはまっていて、とても心地よいです。日本語訳と曲がうまくかみ合わさっていると感じました。

 

  1. しますえは第一声を聞いたときに細かいビブラートと息で押したような発声の感じが美輪明宏に似ていると思いました。一般的な日本の歌手と比べると深く聞こえるのですが、声帯が開きやすそうな声で息が多くもれている印象をうけます。しかし、メロディをしっかりとレガートで歌う発声の技術と合わせて、言葉がとてもクリアに聞こえるので基本的な声の技量が高い人と感じました。シャンソンの歌手の中にはどこかブツブツと語ることが主になってしまう人もいるのですが、彼はメロディを声で勝負できる素晴らしい歌手です。

ベコーよりも個人的には日本人のしますえの方が共感がもてます。しかし、日本人にはない発音時の喉の強さはしますえにはない要素なので、この部分はベコーを参考にしてほしいです。イメージとしてベコーの方が語るように歌い、しますえの方がより歌っています。

 

3.しますえが最後まである一定の声で歌っているのに対して、ベコーは語る要素が強いので、一曲の中で多くの色があります。学びとして聞くならば、レガートや言葉の鮮明さではしますえを、発音時の体や喉の位置、鳴り方などはベコーを参考にするとよいと思います。同じ曲ですが、よさが違うので比較対象として面白いです。

(♭Σ)

 

 

1.言語の違いからか、日本語歌詞の曲は、アレンジによってメロディがフランス語のオリジナルと少し違います。とはいえ音もリズムも複雑な要素は全くなく、とても耳に馴染みやすい曲です。それゆえに演奏が一辺倒になりやすくもあります。そのような曲ほど歌い手の歌詞の捉え方や表現がより問われます。

また音やリズムがシンプルな曲は、楽器と一緒に演奏する際にテンポが不安定になりやすい傾向があります。例えば、オリジナルではオーケストラなのでテンポを明確に刻む音がないですが、しますえはピアノ伴奏がテンポを提示してくれています。聞くだけなら印象や好みの違いに留まりますが、実際に歌うとなると体感は別もので、オーケストラと歌う場合には、より確固たる自身のテンポ感を持って演奏することになります。

 

2.ベコーの歌を聞いていると歌い出しは優しく誘い、中間部で感情が膨らみ、また穏やかに感情を凝縮し、曲の最後はその感情を解放するというイメージです。その表現が曲全体を通してメリハリのある歌い方になっており、全く歌詞の内容を知らない人が聞いても、きっと印象に残る歌になるのではないかと思います。

しますえは、日本語と仏語という言語の違いもあり、ベコーと比較すると曲の輪郭がぼやける印象を少し受けますが、温かく包み込むような歌声は、日本語歌詞として歌うにあたり、この曲の魅力をより引き立たせていると思います。

 

3.フランス語で歌う場合には、耳コピーではなく、ちゃんとした発音を学んで練習してください。日本語に比べて外国語は子音が多いので始めは大変ですが、しっかり発音すれば逆に子音が発声の助けにもなります。

伴奏なしで自主練習しているとテンポが停滞する(ゆっくりになる)傾向のある曲なので、音程や発音に慣れてきたら、縦割りではなく前に進むテンポを意識することです。(♯α)

 

 

1.穏やかな曲調で、歌詞の内容からも丁寧に程よく劇的に語るように歌うのがふさわしい曲です。

 

2.ベコーは、穏やかに丁寧に語るような歌い方が印象的だと思います。作曲者自身が歌っているので、ことばの運び方や歌い方のニュアンスなどの一つの模範回答だと思います。

しますえは、歌うというよりは、せりふのように劇的に語るような歌い方が印象的だと思います。語るような歌い方という意味で、一つの参考になるのではないかと思います。

 

3.シャンソンですので、原語はフランス語になります。原語で歌う場合、フランス語の発音や読み方に十分慣れてから歌うとよいと思います。フランス語に親しみのない人は、日本語訳詞で歌う方が取り掛かりやすいかもしれません。原語にせよ、日本語訳詞にせよ、「歌う」というよりは、「語る」要素が多めに感じられるとよいのではないかと思います。歌詞をせりふのようにしゃべり、ニュアンスも含め語るように研究し、その後に、そのニュアンスを活かしながら音とリズムを取り入れていくというような組み立て方で練習していくとよいのでないかと思います。そのため、最初に音楽を意識しすぎない方がよいと思います。どのように歌詞を伝えたいかということを大事に考えながら、語る練習をメインで行うとよいでしょう。(♭Я)

 

 

  1. AABAの構成で作られています。Aメロはサブドミナント進行で作られていてとても耳なじみのいい曲です。歌詞の内容は「神よ、私はあなたの奴隷で、私のすべてはあなたのもの いつの日か神のもとに召されるときまでこの喜び、私のすべてはあなたのもの、私のすべてはあなたの思いのままです」と従順な信仰の思いを打ち明けています。

 

2.ベコーは、しますえに比べると声が前に響いていて、より語りを重視しているように聞こえます。一言一句聞き取れるほど明快な発音です。強弱のメリハリをよくつけて心の中の信仰を表現していると思います。

しますえは、軟口蓋を上げて喉の奥のスペースをよく保って歌う傾向があります。若いころの美輪明宏と声の奥行き、響きが少し似ています。ただ声をフォーカスしないので、音がぼやけ言葉があいまいで聞き取れないときがあります。

 

3.音に祈りを込めるように歌いましょう。Bメロは唯一メロディが変化する部分なので、少し強めにfで歌うといいと思います。さらにBメロを経て再現されたAメロはより内密に、心を込めて少し音量を下げ気味で歌うと表現がついてよいと思います。(♯β)

 

 

1.構成を聞き取る力はとても大切です。何が一つのフレーズか、これを聞き取れるようにしましょう。

この曲は単純な構成です。Aメロ一回が一つのフレーズです。Aメロ1回でイントロ。Aメロ2回、サビ、Aメロで1番、2番も同じ、短いコーダで終わり。一般に一つのフレーズは短短長にわけられます。「長」の最後のほうにフレーズで一番盛り上がるところが来ます。このAメロのフレーズはずっと音の高さが下がっていくのがポイントです。音の高さは盛り上がりと関係ありません。音が下がっても盛り上がっていくように、日本語歌詞で書くと「とらえられた」「奴隷のように」「私の心はあなたのもの」が短短長であわせて1フレーズです。フレーズの頂点は「あなた」の小節頭になります。1番ごとの大きな単位で見ると、Aメロ一つが「短」にあたりサビから後が「長」です。一番全体での頂点はサビの最後の部分、コードが急にシャープ系に転調するところです。

 

2.どちらの歌唱も1フレーズの中の短短長を完全に処理しています。一つ目の短で少し進んで戻り、二つ目の短には戻りすぎずに、長に行きます。日本語だと微妙に処理しているため、わかりにくいかもしれません。原語歌唱の、微妙な遅れ、進め方をよく聞いてみてください。

 

3.Aメロをコピーしてみてください。音が下がっていくにつれて盛り下がっていっていませんか。「あなた」まで、フレーズをつなげてください。わからない場合は、トレーナーに聞いてみましょう。(♭∴)

 

 

1.原題の「Je t'appartiens」は「私はあなたの所有物です」といった意味です。「小さな存在の自分が、ただひたすら唯一の存在であるあなたを崇める」という歌詞の内容から、ここでの「あなた」は「創造主」を指しており、一種の宗教的賛歌となっていますが、「あなた」を「神のように崇める人」と捉えることもできます。

弦とハープを中心とした清らかなオーケストラが、まっすぐな祈りの世界を体現しています。

 

2.ベコーは、明瞭で素直な歌声で話し言葉をそのまま引き伸ばしたような、気負いのない自然体の歌が聞く者の懐にスルリと入ってくる印象です。

しますえは、豊かで情感のこもった声の持ち主で、たっぷりの低音にもかかわらず中性的な音色も兼ね備えています。

 

3.是非、日本語、フランス語双方でチャレンジしていただきたい曲です。フランス語では、ベコーに倣い読むことから始め、それを拡大して歌にするとよいでしょう。日本語では、たっぷりとレガートで練習すると、スケールの大きさが表せると思います。(♯∂)

 

 

「福島英のヴォイストレーニングとレッスン曲の歩み」より

11.ジルベール・ベコー 「神の思いのままに」「メケメケ」

 

 「ムッシュ10万ボルト」で親しまれた貴公子ジルベール・ベコーです。研究所のAスタジオに写真が掲げてあるので、よく聞かれます。代表曲は、美輪明宏が訳して、日本でヒットさせた「メケメケ」です。他に「そして今は」「ナタリー」「バラはあこがれ」など、多数あります。「そして今は」は、コニー・フランシス、シャーリー・バッシ―、プレスリージュディ・ガーランド、アンディ・ウイリアムス、シナトラなどもカバーしました。聞き比べてみてください。

おすすめは「神の思いのままに」です。(これはエヴァリー・ブラザース、ボブ・ディランからジェームス・ブラウンらも「Let It Be Me」としてカバーしました)

 

 この曲は、ベコーが歌うのを聞くと、泣いてしまう人もいるくらいに神聖な、信仰深い曲です。ベコーから歌い手の道に入った人も、日本にはたくさんいました。私の知人、ファド歌手月田秀子さんもそうでした。深緑夏代もカバーしているので、比べるとよいでしょう。

 

 日本語歌詞で、日本人の声楽出身者の歌唱と比べることで、ベコーの、あるいは、海外のヴォーカリストとの違いが明瞭にわかると思います。ベコーの強い息での吐き捨てるような歌い方、ピアノの叩き方は、打楽器ベースで歌を処理する欧米の感覚がみてとれます。しかし、こうした身体と一体となったストレートな音色は、日本では、講談のようなもので、歌唱には、みられません。人間の声の音色そのものの豊かさを味わってください。