V012「キサスキサスキサス」 テレサ・ガルシア・カトゥルラ&オマーラ・ポルトゥオンド /坂本スミ子

1.歌詞と曲と演奏など(歌手以外のこと)

ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど

2.歌手のこと

声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと

3.歌い方

 

 

1.片思いの愛しい人に、何を聞いても、「たぶん、たぶん、たぶん(キサス、キサス、キサス)」としか応えてもらえない、という、少し切ない、曲ですが、軽快なテンポとリズムに乗って演奏されると、軽妙洒脱な雰囲気の、おしゃれな曲にもなります。

 

2.坂本スミ子は、その立派な張った声や、パンチのある歌い方を活かして、それでも、ffまではあまり使わずに、それなりに弱い声や息混じりの声も使って、情感豊かに歌っています。また、管楽器が、声に合わせるように、とても力強く、後押ししているのが、魅力的です。

テレサらは、かなり軽快なテンポで、前のめりに歌い進めていて、ナットキングコールが歌った同じ曲とは思えない仕上がりになっていて、これはこれで、とてもご機嫌なできだと思います。

 

3.まず取り組みかたとして、坂本スミ子のように、歌詞に忠実に切ない曲として歌うのか、テレサらのように、ご機嫌な感じを前面に押し出すのかによって、変わってきます。前者なら、坂本スミ子のように、オーソドックスに声を活かして、練習するのがよいでしょう。後者の場合は、テンポとリズムを活かして、それに乗ることが前提になるので、常に声を前に出す練習も欠かさないにしましょう。(♭Ξ)

 

 

1.リズムと語り部分などがとても印象的な曲です。また歌よりもバックのオケやサックス、打楽器のほうが印象的な曲です。歌が主役ではなく、ストーリーテラーのようにも聞こえてきます。テレサら歌手が二人で歌っているのもどこか、歌が主役ではなく歌も全体の音楽の一部のような感じを引き立てている要因だと考えます。

 

2.テレサらは、語りの要素を語り強くした歌い方で、歌を歌っているというよりは台詞に音程がついたような印象をうけます。それが結果的に脱力と声の強さのいいバランスをうんでいると思います。高音域にいっても台詞の喉の状態を維持できていることが、雰囲気をさらによくしています。

坂本スミ子は、高音域になると喉があがり、舌根もあがっているように聞こえて高音になるほど音の豊かさが失われていくのがもったいないと感じます。日本語で歌っているということも声に関してはハンディキャップがあると思いますが、もっと喉をあけられるとさらに高音が充実するのではないでしょうか。

 

3.民族音楽のような要素すら感じる曲ですので、レガートや響きなどよりも、いかに台詞の要素を音楽に落とし込めるかだと思います。台詞で喉が開くというのは日本人にはとても難しいです。ブレスとお腹の使い方のみに絞ってトレーニングしてもいいかもしれません。瞬発的にアドリブができるような人が向いている歌ともいえます。

歌う前に台詞をしっかりと体でとらえる訓練が必要です。そして、民族音楽的なノリは、ただ歌うだけではなく感じるままに自由に体を動かすなどをしながら練習してみるといいと思います。反対に椅子に座ってラフな感じで練習してもいいかもしれません。(♭Σ)

 

 

1.短調長調で転調を繰り返す曲ですが、長調になり音が高くなる旋律の中にも、ただ明るいではなくどこか陰りのある声に聞こえ、感じさせるような歌詞の内容です。

曲中に何度も「キサス」という同じ単語が出てくるので、単純な歌にならないように、表現が問われる曲でしょう。

 

  1. 坂本スミ子は、曲の前半を日本語、後半をスペイン語で歌われています。どちらも違和感なく聞こえるのはセンス、日本語でもちゃんとラテンのリズムに乗せていて、かつ発音はしっかり聞きとれる(自然と聞き手の耳に入ってくる)からです。

テレサらは、テンポがやや速めで、中間部も原曲にはない旋律やセリフも入れたりと、かなりオリジナリティのある歌唱にしています。頻繁に出てくる「キサス」も、全体の中の一部という捉え方のように感じられ、あえて淡泊に歌っているようで、結果としてクールな印象の曲に仕上がっているといます。

 

3スペイン語の発音、リズム感、曲全体の流れなど、そのまま模倣するつもりで歌ってみるとよいと思います。(始めはあまりアレンジがしない方がよいです)すると、曲全体の雰囲気はもちろんのこと、スペイン語を流れるように発音していること、語りのように歌う部分・しっかり声を張る部分でメリハリがあること、などが具体的な体感として得られるでしょう。

表現にあたっては、「キサス(多分)」をどう解釈してどう表現するかを吟味することです。また、どのテンポがしっくりくるのかを見つけること、この二つを重点的に取り組むことでしょう。(♯α)

 

 

1.この曲はキューバの人によって作曲されたもので、歌詞の原語はスペイン語ですが、英語の歌詞も日本語の歌詞も使われています。タイトルの「キサス」というのを訳そうとすると「多分」とか「きっと」というような意味になります。「Maybe~」にあたるような意味だと思います。

曲調はいかにもラテンの香りのするもので、曲の内容も、平たく言えば、男性が恋人の女性にいろいろたずねても、その女性は「多分・きっと」という答えしか返さないんだ、という、深い意味はないけれど、わりとマジな男と軽くあしらっている女の日々のやりとりといったところでしょうか。客観的に見れば、他愛もない恋人同士の会話です。それが曲になってしまうのですから、ラテンの人たちの価値観とか生活には、いかに「愛」が大事なのかということがわかるのではないでしょうか。

 

  1. 坂本スミ子は、日本人にしては、とても歌唱力のある人のように感じます。このようなタイプは、現代の日本人には壊滅的に少なくなりました。日本語でも語り掛ける部分や歌いあげる部分でも、ハードがしっかりしているのでブレが少なく感じます。しかし、この声まねを今の日本人がやろうと思っても、成立しないと思います。

テレサらは、歌詞を喋っているような感じが特徴に感じます。語り具合と声の乖離がない分、自然に聞こえます。会話の延長線上に歌があるといった印象です。

 

3.日本人からすると、少々バカ臭いように感じる人もいるかもしれませんが、それを全力で「愛してほしい・もっと振り向いてほしい」という気持ちと、男よりも何枚も上手で「多分ね」と軽く受け流すやり取りを歌で魅せられるとよいですね。この曲はマジメ臭く歌うとなんの面白みもないものになってしまうと思います。内容とノリ重視で、気持ちを全力で歌うことにチャレンジしてみてください。(♭Я)

 

 

  1. 「キサスquizás」は「多分」という意味で、この歌はスペイン語で歌われています。歌詞の情景は、どんなに愛の言葉を伝えても「多分 多分 多分」としか答えない恋人に対して、はぐらかされて心まどう心情が歌われています。リズムはキューバラテン音楽の、マンボやルンバに大きく影響されて作られていると思われます。マイナーコードで8小節を2回繰り返し、メジャーコードを8小節経て再びマイナーコードを8小節歌って終わるという構成です。

 

2.坂本スミ子は、冒頭はささやくようなウイスパリングボイスで歌い、これと対照的にサビの盛り上がったところでは声をものすごく張って輝かしい音色で歌っています。とても妖艶な表現が際立っている分、日本語のせいか、リズム感がもったりしていて、横に流れる音楽表現が主流になっています。

テレサらは、コーラスで歌っていますが、デュナミークの差はそれほどつけていません。日本語では、8分音符の羅列でリズムが均等になりがちなところ、スペイン語の抑揚が音楽に揺らぎを与えてリズムを生み出しています。脚韻が耳に残る歌唱で、言葉のリズムや陰影が生きています。横に流れるレガート唱法の坂本スミ子の歌唱と比べたら縦のリズム感、アップビートが際立っています。こういった上に跳ね上がるリズム感が、このマンボのラテン音楽に命を吹き込んでいます。(♯β)

 

 

1.アレンジのイントロがとても変わっています。ピアノのオクターブで始まりますが、調が定まるのに時間がかかります。イ短調の曲で冒頭は「ドシドミドラ」。知ってから聞くとそのハーモニーがわからなくはないのですが、すぐにナポリの和音が鳴り「シ♭レファ」異国情緒が漂います。二回目の「ドシドミドラ」では、その後一瞬なんとハ長調に転調して終止します。三回目は「ミレ♯ミソミド」に変わっており、歌が始まるまでこんなに目まぐるしいイントロはあまりないでしょう。

 

  1. 坂本スミ子の音程のずれが気になりますが、よく聞くと、とてもハマります。計算ずくであえて、外してきている気がしてきます。「冷たい」の「た」を低めに取り冷たい感じを、「ささやく」をあえて不安定にしていることで歌詞、情景を表現できています。

テレサらは、中間部の語りの部分ももちろんですが、流れるようなリズムが特徴的です。「キサス」もいつも語るように軽く置いています。その3つのつながりがとても有機的です。

 

3.どちらも、歌いだしをよく聞いて、フレーズを綿密に再現できるようにしてみましょう。(♭∴)

 

 

  1. キューバの作曲家のナンバーで、チャチャチャと呼ばれるラテンのリズムで書かれています。歌詞はスペイン語で、「quizás」は「多分」という意味です。男性が恋人にいろいろと語りかけるものの、何を言っても彼女は「多分」とつれない返事ばかり、ああ、まったく、人の気も知らないで…といった内容になっています。3度ずつ、何度も繰り返される「キサス」がキャッチーな歌です。(♯∂)

 

 

  1. スペイン語の響きを生かし、ボレロのリズムが繊細かつ情熱的です。全体に少しスローなテンポですが、シャープにキメが入ってメリハリがついています。

音楽的には、中間部のメジャーに転調するところが印象的です。

 

  1. テレサらの低めの女性の声が華やかに響いています。途中アドリブを加えて感情を自由に表現しています。この曲は、低めの音色が情熱的で合うと思いました。(♯ё)

 

 

(参考)「キサスキサスキサス」での坂本スミ子との比較では、次のことがわかります。

日本人は、大一小、長一短、で音を捉えています。楽譜でのf-p、フォルテーピアニッシモ)は強一弱です。大小と強弱は、ともに音圧ヴォリュームですが、ニュアンスは違います。たとえば、クレッシェンドやデクレッシェンドも日本人はどちらかというとだんだん強く=大きくとか、だんだん弱く=小さくと捉えるのか、そういう感じで扱います。むしろ、強は、鋭いとかつっこみ、ドライブ感、動きの大きさ、鋭角的という感じで捉えてみるとよいと思います。

私はよく過速度で例えます。速い車と過速度のある車は違います。時速何キロでるのかと、急発進できるのか、トップスピードにどのくらい早くいけるのかの違いです。ギアなら、トップが、スピード、ローが馬力です。そう、馬力と考えてもよいでしょう。車輪は大きいと早い、しかし、小さい(数が多い)方が力は強いのです。

坂本スミ子の声は音色も声量も強さもあります。声の芯もあり、今の日本人の失った声の楽器としての器、声の芯は、当時の歌手の資質として一流レベルです。弘田三枝子浜村美智子、西田佐和子、カルメン・マキ、浅川マキに通じます。

問題は使い方で、日本語の歌詞がつくとこうなってしまうということです。「恋は心に…」のサビは今洋子の「恋は私の恋は…」や梓みちよの「それでも、たまに…」のフレーズのような力強さがあります。

 

坂本スミ子(さかもと・すみこ)1936年11月10日、大阪市生まれ。高校卒業後、NHK合唱団に入り、1958年にラテン歌手としてデビュー。1959年、米ラテングループ「トリオ・ロス・パンチョス」の日本公演で前座を務めた。2021年1月23日死去。84歳。

(「福島英のヴォイストレーニングとレッスン曲の歩み」より)