V011「この胸のときめきを」 エルヴィス・プレスリー/ピーノ・ドナッジョ/ダスティン・スプリングフィールド/ブレンダー・リー  

1.歌詞と曲と演奏など(歌手以外のこと)

ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど

 

2.歌手のこと

声、歌い方、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと

 

1.プレスリーの、この曲の歌詞への思い入れは、メロディが壊れてしまうほどの強さです。先に彼の思いばかりがはじけ出していて、本来のメロデイはほとんど判別できないほどです。

一方、ドナッジョのでは、メロディを活かす範囲で、きれいに歌われているので、メロディはよくわかりますし、この曲の美しさやよさもわかります。

ダスティンは、随所に装飾音を付けたり、メロディを変形させたりしていますが、行き過ぎることはなく、この曲の中にとどまっています。ブレンダーも少し装飾音を付けたりはしていますが、シンプルにメロディを大切に歌っています。声の力量があるおかげで、この曲の本当の美しさやよさが、うまく引き出されています。

 

2.プレスリーの歌うこの曲の第一印象は、発声直後に息だけにしたり、息を混ぜたり、チリメンビブラートで声を抜いたりしている部分が多く、気持ちを込め過ぎて声にならないのかもしれないとも思いました。見方を変えると、うるさくない伴奏で、聞く人の耳元でその人のためにだけ歌ってくれているような、魅力なのかもしれません。

ドナッジョは、正統的な歌い方で、破綻もなくきれいに歌えているのですが、プレスリーを聞いた後では、曲としての魅力を感じられず、違う曲を聞いているような錯覚さえおぼえます。

ダスティンとブレンダーは、女性であることもあり、プレスリーとの声の使い方としての比較が、難しくなりますが、裏やウィスパーも使って、うまく歌い込んでいて、曲としての魅力を、とてもうまく引き出していると思います。ふたりの声のタイプは、全く違うので、それぞれの声の活かし方が違っていて、とてもおもしろいですが、それでも、プレスリーの方が圧倒的に魅力的なのは、否定しようがありません。(♭Ξ)

 

1.この曲はイタリア語の曲なのでイタリア語で歌われたほうがしっくりとくるはずなのですが、プレスリーの英語の歌の方がとてもメロディックに聞こえます。ピーノ・ドナッジョのイタリア語の歌の方が不鮮明に聞こえるのは歌手の力量にもよると思います。プレスリースプリングフィールドなどの方がレガートに歌えているのと発音が結果的に深いので、展開が鮮明でドラマがはっきりとしてきます。イタリア語の曲でもこの録音の比較では英語の歌詞のほうが鮮明にきこえてくるのは訳詞とアレンジが素晴らしいのだと思いますが、曲のサビの部分でもメロディのラインが鮮明な方が美しい曲なので、声と発声の技術が必要な曲だと感じます。

構成としては割と単調な曲になりやすいのだと思いますので、これをどうアレンジするのかが演奏者側に課せられた課題なのでしょう。

 

2.ダスティン・スプリングフィールド、ブレンダー・リーから学ぶところが多いと思います。

ダスティン・スプリングフィールドは、日本人には少ない深いポジションと深い呼吸の流れで歌えるところがまず聞きどころだと思いました。深く歌うことと深い呼吸の流れというのは違う問題なので、それを言葉もつけて持続できるというのは素晴らしいと思いました。言葉をしゃべるポジションが深いということもあると思います。

ブレンダー・リーは息もれが少ないという点で学ぶべきところがあります。ダスティン・スプリングフィールドに比べると声が幼く、浅い印象もうけますが息が漏れているか、漏れていないかということは発声の世界ではとても大きな違いです。マスケラや鼻腔共鳴といった響きの問題も基本的には息が漏れないよう、声を密閉して喉の力みを使わず声を飛ばす技術なので息がもれていては声も飛びません。

その点に関しては息もれが少ないということでブレンダー・リーも聞くべき歌手かと思いました。

ピーノ・ドナッジョは一見上手なのですが、体や支えがあまりない息まじりの声なので表現や方法論の一つとしては参考にしてもいいと思いますが、基礎的な発声としては重要視するものではないと思います。(♭Σ)

 

1.この曲は、エルヴィス・プレスリーが歌ったもので有名です。前奏がなく歌きっかけで始まります。音程が心配な人(どうしても音が取れない人)は、短くてもいいので前奏がついたもので歌うことを選択し、出だしからしっかり歌い出すことに意識を向けて取り組むとよいでしょう。

旋律は短調から始まり、曲中も頻繁に長調短調が切り替わります。短調といっても歌詞の内容を見れば、暗いイメージで歌うものではありません。雰囲気で歌わずに、イタリア語、英語どちらでも、よく歌詞の内容を把握した上で練習しましょう。

 

2.この曲の作曲者でもあるピーノ・ドナッジョは、癖のない声で、よい意味で歌い癖もなく、オリジナルのイタリア語の歌詞が旋律によく乗っていると感じます。歌詞の内容の想いが旋律と共に広がるような感覚を得ます。

ダスティン・スプリングフィールドは女性で、英語の歌詞での歌唱ですが、同じように旋律と歌声がどんどん広がっていくような印象を受けます。性別や言語が違っても、とても近いものを感じられるという意味では興味深いです。

対照的に、エルヴィス・プレスリーは独自の歌い癖でエルヴィス節といいましょうか、曲全体的で彼のビブラートが雰囲気をつくり、男性らしさ(男性目線の想い)や色気のようなものを醸し出しています。旋律は同じですが、先の二人とは全く違った印象を与えます。

音楽的な表現や歌手の声がその曲をより引き立てている、それが聴衆を魅了するというこは共通しています。それはどのジャンルであっても同じことだと改めて考えられます。(♯α)

 

1.楽譜通りに歌うことはできても、一本調子になってしまい、そこから先の表現の工夫が難しい人は、この曲を用いて語り掛けるような感じや変に歌わない感覚を用いるとよいのかもしれません。この曲は「語り」の要素も多いと思います。短い音符で言葉が詰まっている部分も多いので、歌おうとするとかえって変な感じに聞こえるかもしれません。よい声で歌うのではなく、歌詞の内容と言葉とその色合いが、聞き手にわかりやすく伝わるように歌うようにしてみましょう。

 

  1. エルヴィス・プレスリーは、伝えたいことや曲から感じる雰囲気などを感じ取って伝えているように、語りかけているように感じます。曲の内容と表現がうまくリンクされています。語りかけているものに音やリズムがついたような感じです。変に軽やかな部分がなくしっかり声を使っているように聞こえるので、聞きやすいのです。

それぞれの要素が適っていて、結果的によい声と曲に聞こえます。「歌いすぎ」と指摘される人は、参考にしてみるとよいのではないでしょうか。

ピーノ・ドナッジョは、さすがネイティブだけあって、イタリア語の発音がきれいですね。そして、イタリア語を喋る状態をベースに音とリズムがついて語っているように聞こえますので、声も内容もとてもしぜんに聞こえます。

ダスティン・スプリングフィールドは、英語の発音がとても美しく聞こえます。そして、英語で詞をドラマチックに語っているように感じます。発音・発語が成立していることで、結果的に声にもその影響をよい意味で与えているようです。

ブレンダー・リーは、独自の音楽的な感覚と声の持ち主というイメージで、いわゆる「天才肌の人」という印象を受けます。ほかの人が彼女の歌い方のまねをしても成立しないと思います。その時点での自分のサイズ・自分に合うデザインや柄で作られた一点物の服を着こなしているというようなイメージです。(♭Я)

 

1.原語はイタリア語ですが、英語との音声の比較としても大変参考になります。

英語の歌唱だとソフトな印象を受けます。母音より子音の数が英語の方が少し増えているからでしょうか、子音もソフトに発音されているからでしょうか。しきりに出てくるhave to も「ハフトゥー」と発音するからか、濁音や摩擦音がイタリア語より柔らかめです。英語は曖昧母音が多いので、それも影響していると思います。

曲の前半部分は短調で、後半部分が長調に変化するというわかりやすい構成です。編曲も8ビートよりさらに細かく刻んでところどころ16ビートも入り込んでいるため躍動感、歌詞に沿った切迫感がプラスされている編曲です。これを聞いてしまうと8ビートで歌われている原曲は、のんびり聞こえてしまう印象さえ受けます。

 

2.プレスリーは、声の裏返りやこぶしを多用しています。そのため声を重くしたり、こぶしが回る程度に声を鳴らし過ぎないように喉を使っています。リズムのズラシもよく用いています。ビブラートがよくかかっていてオーケストラの細かいビートとうまく合っています。

ドナッジョは、イタリア語の母音の明るさや音色のクリアさが顕著で、音の伸びがあります。そのため言葉もとても明瞭に聞こえてきます。英語歌唱と比べると、軟口蓋の位置も高く、上顎に声が当たったいるせいか、音のクリアさが際立ちます。喉の位置が高いのが音色に影響を与えているように思います。

スプリングフィールドは、プレスリーと同様に英語ですが、より切実に詩を語って訴えている表現です。弱くするときに少しハスキーな声で表現している。彼女は詩の語りで表現しています。声のテクニックはあまり使ってない印象で、そのため音程が時々曖昧になるときがあります。

ブレンダー・リーは、もともとの声が軟口蓋や、喉の奥を狭く使っているせいか、音が平べったい印象。彼女も英語で歌っていて、声のポジションが若干奥まってるのと、英語であるためイタリア語より音のクリアさが劣るように聞こえます。声の音色を多用して、詞もとても表現して歌っています。(♯β)

 

1.この曲は、まずfmoll(ヘ短調)から始まり、F Durヘ長調)に転調し、コーダでG Dur(ト長調)となります。

プレスリーの場合、歌いだしのWhen I said のAs(ラのフラット)が高めに歌われており、この部分がアカペラのため、この曲が長調なのか短調なのかわからないようですが、短調なのは、そのあとのコード進行を聞くとわかります。ヘ長調への転調はするっと変わりますが、ヘ短調に戻るleft alone のAsは低く歌われ、ヘ短調への回帰は決然としている点が、歌いだしと対照的で面白いです。

コード進行は規則的な反復進行で、しぜんに盛り上がっていきます。はじめのドミナント(Vの和音)に達する直前のサブドミナントで反復進行が崩れるため(IIの前にIVが挿入されている)、ドミナントに達する前に広がりを感じます。ヘ長調になってからはコード進行がヘ短調のときと倍の速さで変わっていくため推進力を感じます。

ヘ短調に戻ってからが2番で、コーダのト長調への転調がよいです。ヘ長調のVIの和音をト長調の準固有Vの和音と読み替えてト長調に至り、若々しいエンディングになっています。

 

2.エルヴィス・プレスリーは歌いだしがアカペラです。一回だけ聞くと、軽くてぱっと歌い流しているように感じるが、よく聞くとあえぐような息遣いで、体をかなり使っていることがわかります。

When I said の息の量、かなりsで吐いています。はじめのWheはとても暖かい息の音がします。たまたま上ずっただけかもしれませんが、「後でヘ長調になること」を暗示しているのかもしれません。

ブレンダー・リーは、イントロがゴージャスなオーケストラ編成です。歌いだしもプレスリーのように一気に息を吐きだすのではなく、丁寧に一個ずつ置いています。油絵の具を直接絵の上に重ねていくように。またリズムが、プレスリーが前のめりなのに対して、遅れがち、というリズムの示し方をしています。引きずっているように聞こえます。それが、過去を切々と思い出しながら語っているという印象を与えます。一個一個をていねいに伝えています。一回目のサビを迎えるころ「Believe me」には興奮が戻ってきて、その後はこのようなけだるい引きずり方は目立たなくなります。(♭∴)

 

1.元はカンツオーネ「Io che non vivo senza te」(あなたなしでは生きられない)という曲で、タイトルそのままのラテン的情熱に満ちた歌詞です。英語版は「You don't have to say You love me」(あなたは私を愛してると言わなくてもいい)、つまり「私」から「あなた」への一方通行の愛で構わないという、若干の諦念が感じられる歌へと変化しています。邦題「この胸のときめきを」は、おそらくイメージ重視のものでしょう。プレスリーが歌うのは英語版です。

記譜上のリズム4分の2拍子に3連符が12個ですが、伴奏は8分の12拍子と考えてよいでしょう。ブルースを思わせる短調のAメロはいきなり核心を突くようにスタートし、長調のBメロはスウィングしながら伴奏のリズムと同化し、ダイナミックに終わります。

 

2.エルヴィス・プレスリーは、ロックンロールの黎明期の歌手で、一言でいうと黒人のように歌う白人歌手です。柔らかで深いブレスに裏打ちされた心地よいヴィブラートの中に、黒人歌手にしか出せないような金管楽器的な鳴りがあります。「泣き」の入れ方などは真似するのが難しいでしょう。一時代を築いた人気歌手で、確かなテクニックの持ち主です。(♯∂)

 

1.情熱的な情感を歌い上げた曲です。

前半部分は抑えめに、後半のサビ部分は音域がぐっと上がり、対照的な構成になっています。

スローテンポの中に、エレキギターの間奏が印象的です。

 

2.曲の前半はほとんど音程がついていないように感じる部分もあり、セリフのような語りになっています。後半は、対照的に歌い上げていて、そのコントラストが感情をダイレクトに観客に伝えます。

日本語の母音がムラなく響く歌唱法は、呼吸と共鳴のトレーニングの重要性をあらためて感じます。(♯ё)