V027 「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」 トニー・ベネット/ブレンダ・リー

1.歌詞と曲と演奏など

(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)

2.歌手のこと

(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)

3.歌い方、練習へのアドバイス

 

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1.ロングトーンが多用され、下向音型が特徴的に何度も繰り返される、甘い恋の歌です。音域も、適度な広さで、キー設定を間違えなければ、それほど歌うのには苦労しないからこそ、多くの歌手にカバーされ、スタンダードとして定着し、愛される曲なのでしょう。

 

2.トニー・ベネットは、よく知られるフレーズの前の、低音でのメロディから歌っていますが、よくこなれた発声で、息混じりなどでごまかすことなく、無理のない中低音を歌っています。そして、よく知られる「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の歌詞の部分からは、気持ちよく充実した張りのある声で、ときには息混じりの声も織り交ぜながら、自由自在に、歌いこなしています。これでこそジャズという感じでしょうか。

ブレンダ・リーは、よく知られる部分から歌っていますが、こちらは張りのある声を使うだけではなく、声色をいろいろと変えながら、変化を加えて、オリジナリティを出そうとしているようです。

 

3.「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の歌詞の部分から歌うことは、ロングトーンをきれいに張りのある声で歌う練習が大前提になります。初心者には、なかなか難しいことです。ある程度、自信のある人は、ぜひ取り組んでみましょう。トニー・ベネットのように、前半の中低音部分を、無理なく歌いこなすのは、なかなか大変ですが、意欲のある人は、真似をしてみるとよいでしょう。(♭Ξ)

 

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  1. スタンダードなジャズナンバーなので、歌詞の歌いまわしなどで歌手の個性が出やすい曲です。かなりゆっくりな曲なので声の基礎力としてロングトーンの技術が、とても重要です。しかし、ゆっくりがゆえに歌詞はとても聞きやすい曲です。

 

  1. トニー・ベネットは、とても甘い声の美声な歌手という印象を受けます。弱く歌っても強く歌っても、とにかく甘い。でも、日本人のように息を多量に混ぜるということではなく声は出しながら、息で逃げずに声で強弱をコントロールしています。どこかしっとりとしたジャズバーなどで歌われていそうな曲なので、このコントロールされた声は聞きやすいと思います。

ブレンダ・リーの声は明るい響きをもちながらも表現として暗さを出せる声という印象です。一見、甘さが全面にでそうなこの曲を自分の曲として声で勝負しているのは素敵だなと思いました。この歌手もトニー・ベネットと同じく声門閉鎖がしっかりと行われ、息漏れがないのが素晴らしいです。

 

3.この曲の特徴であるスローテンポと歌詞の甘さは、声の基礎力がとても必要です。ロングトーンの多さも曲の特徴の一つなので、母音で保つという訓練として取り扱ってほしいです。しかし、発声の面ばかりがクローズアップされるとこの曲がもつ甘さが表現しきれないので、そこが難しいと思います。まずは、しっかりと歌いきることを重視してトレーニングして、そこから表現を考えてはいかがでしょうか。(♭Σ)

 

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  1. 原曲は4分の3拍子だったのが、後に4分の4拍子にアレンジされたものが広く認知されたので、世間では後者の方が演奏を聞く機会が多いでしょう。3拍子と4拍子では印象が違ってくるので、それぞれ歌ってみると感じ方の幅が広がると思います。

 

  1. トニー・ベネットは、4分の4拍子の中、ゆっくりとした歌唱でフレーズをしっかりと繋いでいます。テンポが遅くなるほどに曲の印象は散漫になりやすいので、より技術も表現力も問われるところですが、何も気にするところなく落ち着いてゆったりと聞けます。

ブレンダ・リーも、ゆっくりとしたテンポですが、トニー・ベネットと違い4分の3拍子での歌唱なので、よい意味でテンポに乗って聞きやすいという印象を受けました。母音から始まる単語は喉に当てる感じが多いですが、表現の一部として意図的に行なっているのかもしれません。

 

3.よいと思う歌手の歌いまわしを真似してみるのは、勉強になります。ですがトニー・ベネットのテンポだと息が続かない、とてもゆっくりに感じるという人はわざわざ無理をしないことです。さまざまなアレンジやテンポで歌っている歌手がたくさんいるので、自分のしっくりくるテンポで、ぜひ歌ってみてください。(♯α)

 

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  1. この曲の歌詞で一番言いたいことは、最後に出てくる“In other words, please be true In other words, I love you”ですね。それをさまざまな比喩を用いながら、それまでに歌っています。

 

  1. トニー・ベネットは、基本的には、語るような歌い方の印象を受けますが、少々声門閉鎖が弱すぎてしまう部分や支えが浮きやすい部分などが感じられ、ビブラートではなく声が揺れてしまっている印象を受けます。

ブレンダ・リーは、ことばや節回しを少々、喉で区切ったように歌うのが、この人の歌い方の特徴のように感じます。

 

3.音域はそれほど大変な曲ではありませんし、リズムも複雑ではありません。ですので、歌うというよりも、いかにロマンチックに語れるかというのが大事になると思います。語れる要素が薄くなってしまうと、演奏効果が薄れてしまうように感じます。

先に述べたように、この曲の歌詞で一番言いたいことは、最後に出てくる“I nother words, please be true In other words, I loveyou”です。そこへ向かうまで経過する比喩表現をどのように語るか、そしてどのような結末につなげていくかという語り方の段取りには、研究が必要かと思います。歌うよりも先に、朗読として、この内容が表現された状態で語れるように練習しましょう。(♭Я)

 

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1.ジャズのスタンダードナンバー。歌詞の雄大さストレートさは、現代から見るとやや時代がかっていますが、その直接的な情熱的な部分がこの曲の魅力でしょう。前に強く訴えるサビと、ささやくような「I love you」の対比が鮮烈な曲です。

 

2.アレンジの違いに耳を傾けましょう。このアレンジの違いが、まさに2人の声と歌い方の違いを際立たせるようになっています。

トニー・ベネットのピアノ伴奏アレンジは、彼の圧倒的美声とダイナミックな歌唱を際立たせています。ちなみに冒頭のピアノソロから「よいフレーズとは何か」を学べます。少しずつ早くなったり遅くなったりし、音色や強さも変えています。微妙な差を聞きわけられるようになってください。(一般に歌のフレーズを楽器の演奏から学び取るのはよい練習です。)

ブレンダ・リーはリズムがくっきりわかるアレンジで、彼女の甘ったるいハスキーヴォイスにぴったりです。彼女のアレンジはサビから始まります。また中間部の音読もセリフの練習に役立てましょう。

 

3.サビの「Fly me to the moon」を歌ってみましょう。基礎練習の発声と同じところでとれているか。また最後の「I love you」を歌ってみましょう。かすれるかかすれないかのところでたくさん息を吐き、体を使って言ってみましょう。(♭∴)

 

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  1. 歌詞は前半に韜晦するような詩情溢れることばが連なっており、“in other words”(つまり、言い換えると、要するに)以降は「抱きしめて」「キスして」「あなたが好き」といった直接的な表現へと変化します。

あまりにも有名でさまざまなアレンジや歌唱で知られており、ジャズスタンダードあるいはボサノヴァとして扱われている名曲です。

ここにあげる2人の歌手もオリジナルというわけではありません。原曲はシンプルな3拍子で、現在、聞くことのできるものの中ではフランク・シナトラが歌ったものがオリジナルに近いと思われます。

トニー・ベネットは、ゆったりした4拍子にアレンジされています。ピアノ伴奏に少しのストリングスが加わった編曲で、前半部分がつけ加えられています。美しい半音進行が印象的です。

耳にする機会が多いのは、アップテンポの4拍子で、ボサノヴァふうにアレンジされたものでしょう。

 

  1. トニー・ベネットは、ほんの少し掠れのある音色が、力強い歌声を耳当たりよく和らげているように感じます。“Fly”で長く伸びる声の飛翔感や、“Hold my hand”のピアニシモの巧みさ、“adore”ということばを震えるように発語するセンスなど、超一流とはこういうことか、と思わせる貫禄です。また、発音が非常にクリアで語尾まではっきりしていることが歌唱に端正さを加えています。

ブレンダ・リーは、おそらく声帯に問題があると思われる声ですが、それをうまくコントロールして魅力に変えているように感じます。例えば音の入りで軽く引っ掛かる瞬間が多々あります。これは声帯が閉まりきらないために起こる現象です。しかし、それがチャーミングですらあります。

 

3.この曲を名曲たらしめている要素の一つが半音階的に動く和声進行です。特に“Jupiter and Mars”のところの、えも言われぬ艶めかしい音の運びは、よく練習して正確に滑らかに。あとはどの音、どのことばに重さが乗るかを考えながら練習するとよいでしょう。(♯∂)