V009「リリー・マルレーン」 マレーネ・ディートリッヒ 

  1. もともと映画女優ということもあり、この曲では、あまり歌手らしい歌い方をしていませんが、他の曲の録音を聴いても、ほぼ同様に、語り口調の歌い方で、高音域では必ず柔らかい声で抜いていて、歌い上げることはないようです。それでも、この曲は歌い慣れているようで、普通に歌っている録音も多いようです。しかし、普通に歌っているものよりも、この録音の方が、はるかに魅力的で、ヒットした理由がよく判ります。

最も大きいのは、深めの位置からの発声で、うまく脱力されている低音域が、とても魅力的です。マイクの発達がなければ有り得ない、語り口調の歌いかたですが、この録音では、中高音域を心地よく抜く代わりに、随所で、低音域の充実した声を聴かせているのが、特徴的です。日本人女性のほとんどの生徒さんが、汚い声と思いがちな、低音域の出し方を、無理なく楽に綺麗に出している点は、低音域が得意な生徒さんは、男女を問わず、ぜひ参考にするべきでしょう。低音域が充実しているミルバも、歌っていますが、やはり高音域を張ることができるためか、マレーネに比べると、低音の魅力は今ひとつになってしまいます。(♭Ξ)

 

  1. 音域的に狭い音の高さの中で作曲され、全体的に低めの音域で構成されています。とてもリズミックでも、メロディックというわけでもないとおもいます。むしろ、歌手自身の言葉のさばき方、音量、表現、ブレスの色、語尾の処理などで全く印象の変わってくる曲なのだと思います。

 

2.よく聞くとドイツ語であることがわかります。瞬間的にはドイツ語と判断できないほど子音を柔らかく、シャンソンなどにも近い歌い方なのではないかと感じました。言葉を語る歌い方といってもいいかもしれません。音域が広くなく、ある程度低い音域の中の曲であるのも、歌手自身がしゃべりやすく、語るような歌い方をしやすい一因ではないでしょうか。低い喉の位置で語るように歌うので、強い声ではないですが、説得力があり暗めの声がセクシーに聞こえます。歌声というよりは語れる音域が広いといってもいいかもしれません。(♭Σ)

 

  1. この曲は有節歌曲のように同じメロディが繰り返され、その中で歌詞のストーリーが展開していきます。分かりやすく歌いやすいメロディですが、歌詞はドイツ人兵士が戦場から遠く離れた恋人へ寄せた思いを歌ったもので、昔よく会っていた街頭の場面、別れを告げたときの場面、長い時間が経った今、淡い未来への思い、と展開します。しっかりと一つ一つの単語の意味を理解した上で、同じメロディに乗せて淡々と歌うことで、情景や歌詞の内容が浮き彫りになってくるのではないでしょうか。また、ドイツ語の子音はどれもきちんと(日本語よりも強めに)発音してください。その子音が単語の表現にも繋がっていきます。

 

2.アコーディオンで歌うときは歌詞の発音が流れるように、リズムも少し崩し気味で歌い柔らかい声の印象ですが、トランペットや打楽器などの合奏と歌うときは、単語の発音をしっかり目に、リズムの取り方も器楽的で前者よりも力強い声の印象になります。同じ曲を歌うのでも、演奏全体のバランスや表現を良く捉えていると思いました。(♯α)

 

  1. 穏やかなメロディで書かれているので、比較的耳なじみが良いように感じます。時代背景やこの曲ができた状況を考えると、決して平和や幸せな内容だけではないのですが、様々な思いがこの詩と曲に込められているように感じます。この曲はドイツ人の詩人による詩がもとになっており、ドイツ語で歌われています。ことばの発音の処理の仕方が、ドイツ語に慣れていないと大変かと思いますが、優しく語るようなイメージで、しゃべり過ぎず、また、歌いすぎずという感覚を得るのに役立つかもしれません。ことばを立て過ぎず、穏やかに語り掛ける状態を基本に、音を載せていくようにすると良いのではないでしょうか。

 

  1. 少しハスキー掛かっているのが特徴的だと思います。また、語るように歌われているのも印象的ですね。ところどころ表現を重視した部分で音程がフラットになりやすい(下がり気味)部分がありますが、表現の方が勝っているので、気にする人でなければ気づかないかもしれません。ドイツ語で歌われていますが、われわれのイメージするドイツ語の曲(ドイツ歌曲など)の印象とは違って聞こえます。先にも述べた通り、しゃべり過ぎず(ことばをむやみに立て過ぎず)穏やかに語り掛けるように歌われているのが非常に印象的で、センスの必要とされる部分ではないかと思います。(♭Я)

 

2.ドイツ語で、兵士の、ある女性への恋を歌った曲です。とても簡単なメロディで構成されています。故郷をしのんで誰もが懐かしんで歌えそうな曲です。メロディは、起承転結のような構成で4小節ずつ展開していきます。ドイツ語の詩の伝統にのっとって、しっかりと脚韻が踏まれています。きっとドイツ語話者にとってはこの脚韻が心地よく続くことも、詩を味わったり曲を鑑賞したりする楽しみの一つなのでしょう。

歌手であり女優のマレーネ・ディートリッヒはこの曲を、口語のドイツ語で、非常に滑らかに歌っています。よくあるのはドイツ語で、歌詞をしっかり歌おうとすると、アクセントがつきすぎてしまったり、rをしっかり巻き舌にすることがありますが、彼女の歌唱は、イタリア語かのように母音を揺蕩わせて、長めにレガートに歌っているのが特徴です。発声に関しては、地声に近く、話し声に近い声です。セリフを読むかのようにしっかり発音しているので、結果として体とつながった、明瞭な声になっています。やはり歌を歌うときには、音を歌う以前に、詩の朗読だけでいかに表現できるかということが大切なのであるということを思い知らされる歌唱です。

(♯β)

 

1.シャンソン(フランス語)やカンツォーネ(イタリア語)を聴くことはあっても、なかなかドイツ語の歌謡曲を聴くことは少ないのではないでしょうか。まずはその甘美なドイツ語の音の世界に浸ってみてください。

次に注目すべきはこの編曲のシンプルさです。はじめにセブンスの分散和音が鳴るだけで歌が始まります。そしてシンプルな構成。Aメロが繰り返され、サビが来るかと思えばまたAメロ。Aメロが結局4回繰り返された後、新しいコーダが来るのかと思えばまたAメロの後半がゆっくりになって繰り返されるだけ、という構成。繰り返されるごとに微妙に変えていっていますが、本当に微妙で、清潔感を感じます。いい意味で淡々としているからこそこの悲しい歌詞が映えるのでしょう。(兵隊が恋人のことを歌っている。)

 

2.歌いだしの低音域からかなりのヴォリュームとリズム感。伴奏よりややフライング気味に入っているところが逆にリズム感のよさを感じます。(リズム感の悪い人は必ず伴奏より遅れて入ってきます。)いい意味でのアンサンブルは「合わせよう」と気を遣いあうことではなく、お互いのセンスで音楽を勝手にやっているように見えて、きちんとあっているというのが大切です。(♭∴)

 

1.戦場の兵士が遠く離れた女性に寄せる想い。リリー・マルレーンは恋人なのか酒場の女なのかは判然としないが、思い出の中の懐かしく美しい姿が目に浮かぶようである。よくよく歌詞を読むと、彼女がどんな容姿なのか、どんな女性なのかの説明は一切ない。だからこそ、誰の心にもある甘酸っぱい思い出と自然に結びついてしまうのだ。スローテンポのメロディはシンプルで、音の高低も少なく、数度聞いたら誰でも口ずさめるような歌。戦場の慰問で大人気となったのも頷ける。

 

2.マレーネ・ディートリヒの声はいわゆる美声ではない。お酒か煙草でやけたような掠れ声である。でもそんなことはどうでもいいのだ。リリー・マルレーンに寄せる想いを、マレーネ・ディートリヒ扮するリリー・マルレーン自身が歌うかのような不思議な構造。しかしどこか他人事のように投げやりであり、それ故に聴く者が好きな思いを投影する余白を残している。唯一無二の女優だからこそ成立する世界。(♯∂)