マイルスの眼光は、いつも何かを睨んでいるようだった。
演奏しているときも、他のミュージシャンに指示を与えるときも、
まるでケンカを売っているかのような威圧感がある。
その鋭い視線の先には、僕たちが想像もつかない音の世界が
広がっていたに違いない。彼は、いつでもそこに勝負を挑んでいった。
マイルスの音が炸裂するとき、
僕たちはその強烈な音の一つ一つにしびれまくるんだ。
もっと聴かせてくれよ、マイルス。もっと吹いてくれよ、マイルス。
僕たちはどんどん欲求を抑えられなくなる。もっと、もっとだ。
でもさ、あんな涼しい顔して、正直困ってたと思うぜ。
いや、ジャズ界の帝王・マイルス・デイビスが困るわけ、ないか。
時代とともに、マイルス・デイビスの音楽スタイルは大きく移り変わっていく。
だけど、それぞれに全く違うマイルス・デイビスがいた。
ずっとうつむいたまま、トランペットを吹き続けるマイルス・デイビス。
ぽつり、ぽつりと、音が鳴り出したとき、僕たちは静かにその音の跡を追うんだ。
でも、誰にもマイルスがそこからどうするのかなんて、わかるわけないよ。
そりゃそうさ、いつだって僕たちは彼の身体から溢れ出すエネルギーと、
彼が描き出す音のイマジネーションをみたいんだから。
でも、いつだって彼は答えてくれるんだろ?
僕たちがそれを求め続ける限りは・・・
僕はアクセルをガンガンにぶっ飛ばして、
あたりかまわず荒れ狂うようなマイルスの音が好きだ。
「オレのいっていることがわかるか?」
一番最初に聴いたマイルス・デイビスの音は、誰かを挑発しているようだった。
だけど、今日ある曲の途中で、急に涙が出てきた。
なぜだかわからないけど、涙が出てきてしまった。
マイルス・デイビスの演奏で泣いたのは、これが初めてだ。
「タイム・アフター・タイム」
確かに僕がこの曲を好きだからかもしれない。
いや、違う。
マイルス・デイビスの音があまりにもやさしかったからだ。(H)