わずか10歳くらいの頃の歌。ミクロからマクロまで、研ぎ澄まされたあらゆる感覚、その吸収力と発信力、その歌と踊り、体の動きがとても直結している。その計り知れない才能と共に、人間が生まれ持った自然なままの可能性、そのすばらしさに感動する。
Uh~と鼻歌をお風呂で歌っているような、気楽な入り。その場が舞台であろうと、道端であろうと、いつも自由に何の恐れなどなく、何も考えず、ぱっと取り出せる感覚は、次にくるパートに対して、余裕で空間を広げ始める。この始まりが無駄なく自然にできることさえも、既に難しいことである。
イントロの後の、最初のパート、when I had you ~ stand out in a crowd まで、when I, didn't you
want, pretty faces へずるずるともたつくことなく、細かい感覚に体が自然と揺れる。前後のつながりとその入れ込み、音をまとめてとらえ、あとはイメージやリズムとテンションの高さにまかせ、全身で入り、発し、切る。子音がよく飛んでいく。余計な駆け引きや無駄がなく、ストレートに歌う。上下に行ったり来たりのメロディとたった8小節の中にかなり長い歌詞が入るとというところも捉われることなく、軽々とバランスよく処理をし、キレとノリの抜群なフレーズが完成して、サビへの期待感ももたせる。こういうちょっとした当たり前と思い流してしまう最初のパートの捉え方が、実はとても難しく、ここで崩れると、後にのることができなくなる。こうしてベテランが残した作品に出会うことで、下手なものまねだけでただの自己満足になってしまうことよりも、生涯、その違いや本質を知っていく必要性が絶対にあり、感覚を鍛えることの重要性が知らされる。
マイケルジャクソンのような突出したプロだけに限らず、彼らの中には、こちらが一生かけても追いつくことがないほど、子供のころから、何万時間もの音楽的な要素が体の中に質の遥か高いレベルで取り込まれている。彼らからすれば、こちらが感じ取れている感覚はほんのわずかにしかすぎないと思われる。そのたった1つ、2つを得ていくのに、一生がかかる。
最初のパートを受け継ぎ、すぐに最初のパートによく似たメロディ進行のOh baby give me one more
chanceのサビに入る。Oh!で勢いがつき、のびやかさも含め、後は流れでおいていくが、ドライに、大きく広げていく。最初のパートからの変化を感じとり、一つの大きなフレーズとして捉える。サビはアフリカ系の民族音楽で聞かれるコール&リスポンスのように、ワンフレーズ毎にに、バックコーラスのフレーズ入り、こことのやり取りも楽しまれ、よりメリハリや活気がサビにつく。Won’t
you please let
meのところも、他のところとのメロディの動きの差があり、ここでアクセントなど巧みに前後と差をつけ、グルーヴ感がよりでる。このサビの構成を自然に汲み取り、巧みに歌いあげ、聴き手はよりぐっとノリよく気持ちよくなれる。そして2番へと、またエネルギーをどんどん放出させていく。この集中力、パワーの量にも圧倒させられる。
最後の方のアーなどのシャウトは、James
Brownも思い出すが、海外のゲットーを歩くと、元気に、こうして全身で声にして気持ちを放ち、発し、駆けていくエネルギッシュな子供たちを思い出させる。そのアーや最後の方のI
want you back!も彼らの兄弟げんかなどでも聞く声で、アー、お兄ちゃん、返してよ!などと連想できる。
またバックの演奏も含め、統一したある一つのイメージをもつような一体感が土台にあり、絶対に崩れないノリや喜びが感じられる。こういった音楽を生んできた、
リズムも豊富なアフリカ系の人々は、音楽的な要素と運動能力など鋭い感覚をもつ人が多い。そういった高い感覚の群衆から抜き出て引っ張っていけるということは、並みならない莫大な才能であると改めてこれを書いていて思う。
どの時期も他ができない天才的な作品を残してきたマイケル。このデビュー当時の歌は、本当に自由でストレートである。
Uh~と鼻歌をお風呂で歌っているような、気楽な入り。その場が舞台であろうと、道端であろうと、いつも自由に何の恐れなどなく、何も考えず、ぱっと取り出せる感覚は、次にくるパートに対して、余裕で空間を広げ始める。この始まりが無駄なく自然にできることさえも、既に難しいことである。
イントロの後の、最初のパート、when I had you ~ stand out in a crowd まで、when I, didn't you
want, pretty faces へずるずるともたつくことなく、細かい感覚に体が自然と揺れる。前後のつながりとその入れ込み、音をまとめてとらえ、あとはイメージやリズムとテンションの高さにまかせ、全身で入り、発し、切る。子音がよく飛んでいく。余計な駆け引きや無駄がなく、ストレートに歌う。上下に行ったり来たりのメロディとたった8小節の中にかなり長い歌詞が入るとというところも捉われることなく、軽々とバランスよく処理をし、キレとノリの抜群なフレーズが完成して、サビへの期待感ももたせる。こういうちょっとした当たり前と思い流してしまう最初のパートの捉え方が、実はとても難しく、ここで崩れると、後にのることができなくなる。こうしてベテランが残した作品に出会うことで、下手なものまねだけでただの自己満足になってしまうことよりも、生涯、その違いや本質を知っていく必要性が絶対にあり、感覚を鍛えることの重要性が知らされる。
マイケルジャクソンのような突出したプロだけに限らず、彼らの中には、こちらが一生かけても追いつくことがないほど、子供のころから、何万時間もの音楽的な要素が体の中に質の遥か高いレベルで取り込まれている。彼らからすれば、こちらが感じ取れている感覚はほんのわずかにしかすぎないと思われる。そのたった1つ、2つを得ていくのに、一生がかかる。
最初のパートを受け継ぎ、すぐに最初のパートによく似たメロディ進行のOh baby give me one more
chanceのサビに入る。Oh!で勢いがつき、のびやかさも含め、後は流れでおいていくが、ドライに、大きく広げていく。最初のパートからの変化を感じとり、一つの大きなフレーズとして捉える。サビはアフリカ系の民族音楽で聞かれるコール&リスポンスのように、ワンフレーズ毎にに、バックコーラスのフレーズ入り、こことのやり取りも楽しまれ、よりメリハリや活気がサビにつく。Won’t
you please let
meのところも、他のところとのメロディの動きの差があり、ここでアクセントなど巧みに前後と差をつけ、グルーヴ感がよりでる。このサビの構成を自然に汲み取り、巧みに歌いあげ、聴き手はよりぐっとノリよく気持ちよくなれる。そして2番へと、またエネルギーをどんどん放出させていく。この集中力、パワーの量にも圧倒させられる。
最後の方のアーなどのシャウトは、James
Brownも思い出すが、海外のゲットーを歩くと、元気に、こうして全身で声にして気持ちを放ち、発し、駆けていくエネルギッシュな子供たちを思い出させる。そのアーや最後の方のI
want you back!も彼らの兄弟げんかなどでも聞く声で、アー、お兄ちゃん、返してよ!などと連想できる。
またバックの演奏も含め、統一したある一つのイメージをもつような一体感が土台にあり、絶対に崩れないノリや喜びが感じられる。こういった音楽を生んできた、
リズムも豊富なアフリカ系の人々は、音楽的な要素と運動能力など鋭い感覚をもつ人が多い。そういった高い感覚の群衆から抜き出て引っ張っていけるということは、並みならない莫大な才能であると改めてこれを書いていて思う。
どの時期も他ができない天才的な作品を残してきたマイケル。このデビュー当時の歌は、本当に自由でストレートである。