ナットキングコール モナリザ(ライブバージョン)

 モナリザモナリザとゆったりと滑らかな入り。聞き手も無駄なテンションが抜けていく。ナットの歌の魅力、その不思議さを改めて思う。ふとしたところに、心にやわらかい羽根を置くように、繊細に心に触れ、聴き手の中でいつまでも印象が残る。ダビンチがモナリザという一枚の傑作品を残したのと同じように、こちらも巨匠の黄金の作品のひとつであると思った。
 歌詞とメロディの力、そして世界へ提示する歌い手の力の大きさ。曲に秘められた人生の深いものを、仰々しくもなく、芝居くさくもなく、ただやさしく丁寧にそっとナットは歌いあげる。そのそっとが本当に難しい。
 やわらかく繊細に筆で描くように、モナリザ~と丁寧に入っていく。最初のモナ~だけで、すでに美しいラインがみえ、印象を残す。何気なくやっているようで、どれほど体と精神の中で、感覚が動いているのだろう。曲の作りは、ソモスノビオスなどのように、どこか抽象的で、抒情詩のようなイメージを持たせる。悲しいメロディではないが、どこかせつなく、何かそこに訴えてくるものがある。 そこに歌詞のモナリザの絵を前に、人生のはかなさや人間とはと模索する主人公の思いがあわさり、美しく切なく、よりスケールも大きく熱くなっていく。Mona lisa mona lisa と静かに入っていき、you’re so likeで一度やや強めに入りそのままつなげてthe lady
 withで一瞬おいて、 mystic smileと丁寧に絞り込む。こういった1,2フレーズだけで、力量のすごさがみえてくる。次に来るIs it only~in your smileまでも、言葉にするには難しいが、やや強め掴んで繊細にやわらかく放し、流していくバランスの巧みさに聞いていて鳥肌がたつ。口先でやるのではなく、体や精神からこみあげてくるものが統一し、繊細にとても細かくやっている。そして全く乱れない。Do you smile~hide the broken heartまでも曲と歌詞の兼ね合いを巧みに汲み上げ、静かでありながら、心の中が熱くなっていく過程を、自らの表現と共にメリハリを大きく入れ、見事に描写する。詩もメロディも、その豊かさが、彼の歌により心に深く響いてくる。とくにこの後にくるthey just lie there and they die thereと人生のはかなさを思う主人公の気持ちをより繊細に丁寧にやわらかく絞り込む様は、説得力があり、より聞き手を引き込み、想像力を与える。そして絵に向かって叫ぶように熱くなる主人公の気持ちを再び大きくAre you warm, are you real Mona Lisaと入り、or just a cold and lonely lovely work of artと、ただ一人つぶやいているだけかと空しいような、切ないような思い、そして閉めのMona Lisa Mona Lisaもその絵の中に多くを見た、深く感じた心の熱さを出す。Mona Lisaの絵を前に想いをめぐらす主人公を、メロディと歌詞の関係性と共に、見事に描き上げる。歌い手によって解釈の方向が間違うと、曲に本人が浸っているだけの、聴き手には何も働きかけない、お芝居のような歌になりかねない。 実はものすごく深い内容をもつ、このような曲を、どうくみ取り、自分なりに深く描けるか、歌い手の力量がよくみえてくる。また、持っている色の数の多さというのだろうか、例えば同じ黄色く塗るところも、ひとつの黄色だけでなく、たくさんの黄色をブレンドさせたり、使い分けたり、その塗り方も、こちらが一色しか持たなかったり、その一色を慣れない手で塗る、べた塗りしてしまうところを、なんとも華麗に深い色合いやグラデーションを見せ、印象を残していく。曲を壊すような余計なこともせず、中途半端なことがなく、とにかく敏感で繊細に無数の感覚がこれを描くために自然と働いている様、そして様々な方向から音楽が見えていること、あらゆる面でまさに芸術の職人であると思った。そして本当にベテランという音楽家たちは、実際は計り知れないほど高いインテリジェンスの持ち主でもあることも伺える。
 
 また、彼の間の取り方も、微妙な掛け合い、ずらしが巧みで、そのタイミングは決してわかりやすいものではなく、独特のスイング感があり、心地よさと共に、聞き手をぐっと引き込み、全く飽きさせない。
 
 黄金のような輝きをもつナットの歌。その歌はどこまでも繊細で丁寧である。そして映像をみていても、ピアフが電話帳を読めばシャンソンになるというように、世界中の人が見ている舞台でありながら、すっと立ち、何気なく歌う様は、しゃべっていても、泣いても笑っても、歩いているのとさほど変わりないほど、何の無理もなく、自然である。華麗に空間をつくり、そこに輝きがあり、安らぎを与え、作品の存在に意味を持たせていく。巨匠の歌からは、想像を絶する大きなものを、測り知れないほど多くを与え続けている。