No.284

<CD>

「The book of love」シェリル・ベンティー
柔らかい声だ。抵抗なく、すんなり入ってくる。声の高い人だなぁと聴いていたが、一緒に歌ってみると、あれ?、下のソやファを出している。低い方はあまり強く出していないから、頭声かな?、高い声の方は強く、地声のような声と、柔らかい声と両方使っている。こういうものを聴くと、他人に聴きやすい声を考えるのは大事だと思う。自分はどうしても、強く出すことを考えてしまうけれど。
このCDのあと「バーレスククリスティーナ・アギレラを聴いた。パンチがあって、強くてかっこいい、でも、さっき聴いたシェリル・ベンティーンの声をまた、聴きたいと思うのは、自分が柔らかい声が好きなのかもしれない。三年ほど前に、トレーナーから「トレーニングしても声が強くならないのは、柔らかい声が好きなのではないか」と言われたことがあり、その時は何を言われているか、わからなかった。今、なるほど、こういうことを言われていたのかな、とやっと感じます。

 

「1985年日本テレビ年末時代劇「忠臣蔵」」里見浩太朗
このドラマの再放送を観て感ずるところを述べてみたい。
「昼行灯」から「名将」に豹変した赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助は、なぜ本懐を遂げることに成功したのか?
内蔵助が初めから優秀な「名将」であったら、討ち入り計画は失敗していたかもしれない。
なぜなら、「名将」タイプの人間は、その才覚を自他共に認めているからプライドが高い。
それでなくても、武士は見栄を張り、プライドに生きる職業であり、侮られたら武士としての信用もなくなる。
武士は職業軍人であるから、「そんなだらしない奴に国家の防衛を任せられるか」と言われたら終わり、という意識が強い。
侮られても平気でいられる奴は、余程の腑抜けか馬鹿か、どちらかだと見られていた時代であった。
ところが、浪々の身になった者たちが、幕府の重鎮に連なる者を亡君の敵として討とうと志した場合、この「武士のプライド」が却って邪魔になる。
幕府の重鎮に刃を向けることは反逆行為であり、その気配を事前に察知されれば討ち入り決行前に捕縛されてしまう。
いかに志のために隠忍自重が必要と理屈でわかっていても、「武士のプライド」という感情は隠しおおせられるものではない。
そのうち隠忍自重に耐え切れず脱落するものや、食うに困って金欲しさに仲間を売ろうとする「裏切り者」が出てくる恐れもある。
(実際、裏切り者は出なかったが、脱落者は半数以上出た。)
敵方の間者が入り込むことは常識と言って良かった。敵方の人間も主家のために命をかける武士なのだから、手段は選ぶまい。
こうなると、討ち入り成功には、以下の条件が必要になる。
1.プライドなど平気で捨てられること
2.何が起きてもおかしくないという冷静な意識
3.目的達成に対する集中力
では、内蔵助は以上3点についてどうだったか?
1.自分は所詮「昼行灯」(無能者)に過ぎないという自覚があったので、プライドには囚われなかった。
2.自分は思慮の足りない人間であるとの自覚から、人一倍「想定範囲」を広げて計画や対策を練る姿勢ができていた。
3.討ち入りを成功させること以外に自分たちの存在価値は残されていないという悲壮感があった。
一介の「昼行灯家老」大石内蔵助は、泰平を謳歌していた当時の武士達が到達できない境地に至ることができたのではないだろうか。
そう考えれば、それこそ内蔵助にとっては武士の本懐であり、以て瞑すべしであったのだろうと結論づけておきたい。

 

NHK連続テレビ小説「マッサン」」玉山鉄二
このドラマにつき、感ずるところをまとめてみたい。
マッサンには、スコットランドで本場のウィスキー製造技術を学んできたという強い自負がある。
しかし、それは彼の強みでもあり、弱みでもある。
マッサンは本場のウィスキーの風味に拘っていたが、「商売」ということを考えた場合、ウィスキーはお客さんに買って飲んでいただく「商品」であり、マッサンが飲んで自己満足に浸るために作るのではない。
伝統技術をいかに忠実に守っても、お客さんに買って、飲んで、喜んでもらえなければ何にもならない。
もっと早いうちにそこに気づいていたら、マッサンは「鴨居の大将」と末永く連携して、ヒット商品を打ち出し続けていたかも知れない。
後にマッサンのモデルとなった実在の人物はニッカウヰスキーの創業者となった。
「鴨居の大将」のモデルとなった実在の人物はサントリーの創業者となった。
昨年イギリスで世界のウィスキーのランキングが発表されたが、第1位はサントリーの「山崎」であった。
素直に日本人客の好みを熟知した上で、伝統技術を単なる「踏襲」ではなく「応用」し、山崎のきれいな水で作った結果が、世界一のウィスキーを生み出したのだ。
一方で、マッサンが目指そうとした本場のスコッチウィスキーは、10位にも入れなかったというのだから皮肉なものだが、それくらい顧客の満足を獲得するのは難しい。
伝統技法を学んだだけでは基本の中の本の一部をかじったに過ぎない。
さらに顧客に売って、その反響で打ちひしがれ、自分の商品や技法を改め、実地の応用問題が解けて初めて基本ができたと言える。本当の商売はここからだ。
入口に立ったばかりの自分を、完成品と思うような勘違いをしないように、常に自戒の念を持っておきたい。

 

<BOOK>

「プレヴェール詩集」嶋岡晨訳
シャンソンの「枯葉」は、プレヴェールの原詩を読むと、日本語詩とは全く感覚が違った。そこにあるのは過去への感傷ではなく、時の流れの残酷さを受け入れる冷静さだ。詩集を読んでいくと、世俗を離れた目で、人の世の奥を鋭く見つめているように感じる。
生きていてつらいのは、目の前の人から全く関心を持たれないこと、中途半端に温情をかけられること、条件付きの愛を与えられることだと、詩人が私に訴えているように思えた。

 

<その他> 

自分を変える処方箋
「人と話をする時には、相手の目を見ること。」
よく言われることですが、自分では人の目を見ることが苦手だと思っています。
相手の目をじっと見ると、嫌われるのではないか?そんな意識がひとりでに出てきてしまいます。

小学校時代からいじめられっ子で、担任教師もいじめを見て見ぬふり。
そんなある日、その担任教師から言われた一言が後々まで尾を引きました。
一瞬、目と目が合ったときの一言
「何見てるんだ、人の顔を睨むな!」

それ以来、自分は人の目を見るのが傍迷惑な悪いことであると印象づけられてしまいました。
この一言のせいで、大人になってもいじめに遭い続け、結婚相手はもちろん恋人もできないし、求職活動をしても面接で落ちてしまう。
面接に落ちた理由として、「コミュニケーション能力が弱い」と告げられ、具体的に何が弱いのかわからないが、声からでも変えてみようと思い立った。
6年前、当研究所でレッスンを始めたきっかけは、この思いつきでした。
しかし、レッスンでご指導を受けた時には堂々と発音や発声ができても、実社会に戻るとレッスンの時のようにはいかない。
レッスンの受講態度が受身なのではないか?だとすると、その原因は?
何が自分から積極性、主体性を奪っているのか?

思い出したのは、あの担任教師から受けた「睨むな!」の一言。
そろそろ、この教育者のセリフとも思えない理不尽な一言に立ち向かう時が来たようです。
相手の目を見てどこが悪いか?
相手の目を見ずしてどこを見れば良いのか?
相手の目を見ずしてどこに声が、言葉が届くのか?
いじめっ子を撃退するのに、止むなきケンカに勝つために、相手を睨まなきゃ話にならないじゃないか!

自分と同じように、いじめを受け、自信が持てず、夢も目標も持てずに俯いている人たちにも言いたい。
近頃有名な本の題名ではないが、「嫌われる勇気」を持て!と。
忌み嫌われ、恐れられても良いから、目の前をしっかり見据えよ!
見据えたら、その方向に向かって声を、言葉を放て!
放ったら、その方向へ向かって突き進め!背筋を伸ばし、胸を張り、腹を据えて。

親兄弟だろうと、教師だろうと、職場上司だろうと、お役人だろうと、あなたの行く手を不当に遮る資格はない。
あなたの最大級の味方は、あなた自身だから、誰よりもあなた自身を大切にせよ!
そのことに気づいて動き出したとき、あなた以外にもあなたの味方になってくれる人が現れるだろう。

 

<店>

「上海花園(中華)」京橋
元々は新橋駅寄りの銀座、その後六本木、そして現在の京橋と移転。変わらぬ台湾語出身の家族経営(ご夫婦でやっていたが、最近ご子息も加わる)で、小辛・中辛・大辛の坦々麺はランチの人気メニューで、汁の多い日本風坦々麺であるが、とにかくコクのあるスープで美味しい。大辛は相当な辛いもの好きでも「「辛い!」と叫ぶレベルなので要注意。夜も、紹興酒をいただきながらコース料理や定番料理をお腹いっぱい食べて坦々麺で締めても一人4,000円程度で収まる(但し、クレジットカード不可)。エコノミカルにおいしい台湾中華を味わいたい方にお奨めしたい。

 

「焼肉 KYOKU(鹿児島牛焼肉)」銀座
90年代に活躍した大相撲力士、旭道山の店。13,500円の焼肉コースが常時6,500円に割引になっているが、大きな板の台に並べられ部位名称が名札表示された肉のディスプレーは実に壮観で、味も大変よろしい。また、ここの無煙ロースターの性能は非常に高く、髪の毛や衣服に匂いがほとんど付かない。これまで10回ほど利用したが、ほぼ毎回旭道山関が必ず挨拶に来てくれる。夜のみで値段も飲み物込みで8,000~9,000円くらいになるがそれだけの価値がある店である。

 

「和心 ぎんすい(日本料理)」新橋
新橋駅汐留口から徒歩3分。大将夫妻と仲居さん3人で経営するこじんまりした日本料理店。料理は絶品。価格の書いていないお品書きを見て引いてしまう人もいるが、「5,000円でやってください」などの要望にも応えてくれる。最近、焼酎と日本酒の品揃えが充実。呑ん兵衛を連れて行くと一人1万円を超えてしまうので要注意。まずはランチから試して味の検証をされることをお奨めする。すべて1,000円で和定食4種類、デザートのミニアイスまで付いて特に女性に好評である。

 

「トスカ(イタリアン)」横浜
横浜エリアでブッフェといえば、のお店。目の前で作ってくれるライブキッチンにはピザやパスタ、オムライスなどがあり常に行列が絶えない。変わり種で野菜の素揚げなどというものもあったが、野菜は国産のもので十種類以上もあり、素揚げといえども侮れない。氷の上にディスプレイされたミニトマトだけでも五種類ほどあり、野菜好きの多い最近のニーズによく合っている。全体的にヘルシーなものが多い構成だが、どれもひと手間加えてあり、食べ飽きないので自然と満腹になる。ドルチェまで全て手作り、ブッフェにありがちな業者発注の冷凍ものは一つもない。料理人のプライドどもいえるこだわりに溢れており、人気店たる理由がよく分かるお店だった。

 

「ベランダ(軽食)」海浜公園
アフタヌーンティーが人気のお店。豊富なフレーバーティーと、一口サイズのフィンガーフードが何種類も提供される。十二月ということもあり、クリスマスを意識したフードが多く、見ているだけでも楽しめる。シュー生地のスイーツの中に少しだけ生姜のペーストが塗られていたりと、一口で収まるものの中に、幾層もの味が凝縮されている。こうしたフィンガーフードを出すお店は多いけれど、店ごとにそれぞれ独自のコンセプトを持っている。その限られた大きさにどれだけのものを盛り込めるか、その中で他店との差別化も図らなくてはならないという条件は厳しいものだけれど、その分作り手側の楽しさもあるのだろうと思う。

 

「銀杏(鉄板焼)」台場
鉄板焼き、というイメージとは少し異なる、賑わいのあるお店。家族連れからカップルからビジネスマンまで、客層は幅広い。全席鉄板を目前にしたカウンター席になっているが、店内は明るく、堅苦しさはない。鉄板でフランベをする際などは、焼き手の方から「写真撮りますか?」などとフレンドリーに話しかけてきてくれる。お料理は、うかい亭などとは異なり、極めて和食寄りである。前菜から煮びたしで始まり、ガーリックライスには赤出汁が添えられる。メインのお肉もわさびや醤油で食べることを勧められる。食べなれた味に触れることができるということもあり、とても落ち着くお店だった。

 

トゥーランドット遊仙境(中華)」みなとみらい
言わずと知れた中華の鉄人、脇屋シェフのお店。想像していたよりも小さめの店内は隅々まで清掃が行き届いている。フォークやナイフの角度まで決められているかのようにきっちり揃えられており、左利きの友人と行ったが、左利き用にセットを直すのも早い。コースは洋食の技法が多く取り入れられており、脇屋名物の担担麺はさすがの美味しさ。辛みはそこまで主張しないが、味の深みが段違いで、これだけで人を集める力がある。多くの人にとって一度は訪れたいお店の一つであると思うけれど、行ってみると何度でも再訪したくなるような魅力の詰まったお店だということが分かる。

 

シリウス(フレンチ)」横浜
印象に残るのは、メインで提供された分厚いローストビーフ。思えばブッフェのメインなどではなく、コース料理のメインとして一人前のローストビーフを食べるのは初めてだった。やはり、作り置いたものとは別物である。いくらきちんとした料理が並んでいても、ブッフェではその料理の本当の味は堪能できないということを実感した。