No.279

DVDCINEMATV

 

「女王蜂」

日本だと思われる国籍の3人の女性に見えるロックバンド。ボーカルの人は東南アジア系の女性に見えるが明らかに男性として出生したようだ。

NHKの朝の情報番組で(朝の雰囲気ではなかったが)ライブしていたが、ボーカルの人の声が裏声から地声まで変幻自在で「鉄壁」という歌の作詞も良くジーンとさせられた。本人達も自分達の情報を一切語らず、初めて聞いたのでインパクトがありました。

 

世界の料理ショー」司会・グラハム・カー(カナダで1968~1971年、日本版1974~1978年テレビ東京で放送)

40年前、自分がまだ小学生だった頃、毎週日曜日あさ11時半からよくこの番組を観ました。

番組ホストは世界的に有名な料理研究家グラハム・カーさん。

(吹き替えは声優の浦野光さん、大野しげひささん、黒沢良さん)

世界中のおいしい料理が実演を交えて紹介されるのです。

作りかたの解説も懇切丁寧。視聴者が自分でも作ってみたくなります。

いい仕事ができる人は、ジョークも上手いもので、子供心にも面白いと感じて大爆笑して観ていました。

料理テクニックも、ユーモラスなトークも、試食時の幸福感に満ちたスマイルも、表現力豊かです。

パーティ、営業、社内会議、いろんなステージで応用が利きます。

社員研修の教材にもオススメです!(笑)

 

BOOK

 

「嫌われる勇気」岸見一郎・古賀史健 共著

我々は自分自身の生き方を省みるとき、その多くが過去に原因を求めようとする。

過去の要因によって人格が形成されてゆくという考えに基づいた「フロイト心理学」を、多くの人は信奉している。

結果として、過去の要因で人格が決まる以上は、今から自分の人格や生き方を変えることはできないし、不幸な人生が幸せになるはずがないと諦めてしまっている。

しかし、これに真っ向から異を唱える学説として、最近注目を浴びているのが「アドラー心理学」である。

人格、というよりも生き方を決めているのは過去の原因ではなく、その人の目的意識であるという。

では、なぜ多くの人は「フロイト心理学」に従って、その人の生き方を過去の要因によると考えるのか?

アドラー心理学」によれば、これにも目的があるからだという。それは、「過去の原因によるものとすることで、自分自身の責任を回避したり、自分の行き方を変えること、とりわけ自分にとって未経験の生き方に変えることからくる不安を回避しようとする」目的によるものだという。

さらにアドラーは、人間の悩みの殆どは、「人間関係によるもの」としている。具体的には「認めてもらいたい」、「嫌われたくない」、「笑われたくない」というものだが、アドラーはまず、「認めてもらいたい」という欲求即ち「承認欲求」を捨ててみることを奨める。

自分が自分を信じている限り、他人から認めてもらえなくても、嫌われても、笑われても、自分には関わりがない。

「認めない」、「嫌う」、「笑う」という行為は他人の都合であり、自分とは関係ないと考えられるからだ。

それら他人の都合を、自分の生き方の領域に関わらせず、自分も他人の生き方には関わらない。

言い換えれば、お互いに相手の領域に土足で踏み込むことなく、尊重し合うことで共存できる生き方で、誰もが幸せになれるというものだ。

今自信を失っている人々は、一度この一冊を紐解いて見ると良いと思う。

 

EVENT

 

十二夜」オックスフォード大学演劇協会

発声と歌の参考になりました。

 

<その他>

 

「俳優米倉斉加年さん、逝く」

いつものことですが、長年演劇界に貢献してくださった俳優さんの訃報には、大きなショックを感じずにはいられません。

俳優としての存在感のみならず、画家としても独特の個性を発揮した方でした。

役者としては、主役よりも脇役又は悪役として、どこか知性を感じさせる、それでいて何を考えているかわからない、

奥深い恐怖感を与える芸風も備わっていました。

<ドラマ>

1976大河ドラマ風と雲と虹と」の興世王・役

1977大河ドラマ花神」の桂小五郎(後の木戸孝允)・役

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の大山巌・役

CM

資生堂男性化粧品「ヴィンテージ」(ナレーター)

モランボン焼肉のたれ「ジャン」

<絵本描画>

「魔法教えます」

その他実績多数

米倉さんのご冥福をお祈りいたします。

 

<店>

 

「ザ・ロビーラウンジ(ラウンジ)」東京

シャングリラ東京のロビーラウンジ。夜はお酒を飲むバーになるようだけれど、今回はお昼の訪問。この時間はティータイム利用のマダム客が多く、静かな大人のくつろぐ場所というよりは賑やかな歓談の場になっていた。アフタヌーンティを行っており、三段重ねの定番の形で一口サイズの軽食とデザートを提供している。驚くべきは紅茶の種類とこだわり。二十~三十種類ほどの品ぞろえがあり、聞いたことのない茶葉も多い。また、場所柄なのか、様々な国のものを豊富に取り揃えており、癖の強いものもそれなりに多かった。メニューには茶葉名と共に簡単な説明が記されているので、初めてでも分かりやすい。難を言えば、ひとつ注文するたびに3杯分ほど入ったポッドで出てくるため、紅茶は飲み放題なのに、飲み比べをすることは難しい。人数がいれば、それぞれが一種類ずつ注文するだけでシェアして楽しむこともできるのだろう。行く前は自分たちには少し場違いな空間にも思えたが、アフタヌーンティの流行からか、若い女性客の利用も少なくない。程よく席間の離れた騒々しさも相まって居心地も悪くなく、意外と肩肘張らずにくつろぐことができた。

 

「アクアトロピクス(イタリアン)」品川

魚介がウリのイタリアンのお店。しかし、むしろ印象に残ったのはメインの肉料理だった。ハンガリーの国宝でもあるマンガリッツァポークは、最近取り扱う店が増えてきたが、こちらのお店では以前から長く使っているらしい。そのため活かし方を熟知しているのか、果実味の強いソースが珍しかったけれど、相性は抜群。個人的に、ライスが欲しくならず、かつ美味しい豚肉メイン料理というのは、意外になかなか見かけない気がする。また、デザートも美味しかった。自家製ジェラートの涼感は暑くなってきた今の季節に嬉しく、ティラミスはドルチェ専門店のような味で、マスカルポーネの濃厚さと酸味が、エスプレッソを染み込ませたジェノワとバランスよく大人の味を作り出している。ちょこんと添えてあるだけの生クリームも、きちんと店で泡立てているものだと感じられた。お昼の利用だったこともあるのだろうけれど、コストパフォーマンスも優れており、年嵩のウェイターも安心感がある。突出したものはないかもしれないが、非常に総合力の高いお店だった。

 

 

「クリスタル(フレンチ)天王洲アイル

レディクリスタルというクルーザーが店名の由来で、時間とメニューが指定されるが、店内で食べるのと同じ食事がディナークルーズでも楽しめるらしい。外国人客が多く、店内には日本語より英語の方が多く飛び交っているので、まるで異国にいるかのような錯覚に陥る。所詮はクルーズメインのイベントもの、「ついでの」料理、と侮ってはいけない。提供されるフランス料理は、非常に美味しい。聞けばクルーザーの中にも同等のキッチンを完備しているため、料理のクオリティは変わらず、船内レストランとしても好評なのだとか。付加価値としての料理、付加価値としてのクルーズのどちらでもなく、掲げているのは「ダブルメイン」。また、船酔いを和らげるような成分を持った食材を使ったり、クルーザーで通る海域の地場産の魚介を使ったりもしている。そこにあるのは、最高のもの同士を二つくっつけてみました、という単純な発想ではなく、二つの要素を密接にリンクさせて、更に高め合い圧倒的な強みにする。他店にはない魅力を創り上げる、という明確なビジョン。もしかしたら、今回のようなクラブハウスのレストラン利用だけではその魅力の半分以下しか体験できなかったのかもしれない。それでも、十分に満足できるお店だった。

 

「シナガワ プリンスコート(イタリアン)」品川

品川プリンスホテル最上階にあるレストラン。ハーフブッフェスタイルで、前菜とデザートがフード台に並んでいる。これに、パスタとメインが一種類ずつ選んで注文できる形。ホテルレストランだけあってサービス面は充実していたけれど、残念ながらお料理がお世辞にも美味しいとは言えなかった。前菜とデザートがブッフェなので、パスタやメインの量が少ないのは全体のバランスを考えての調整なのだろうけれど、パスタは熱くなく、具がほとんどなく、乾麺でぼそぼそしており、最近のレベルの高い冷凍食品やインスタントに劣る味だった。メインの外国産の牛肉は質が悪く、味が薄く妙な歯ごたえがある。ソースもそれを補うような力強さを持っておらず、出来合いのもののような軽い味。恵まれた場所にある綺麗なお店で、サービス陣はきちんとしているのに、お客さんは多くない。とても、もったいないと感じた。

 

「金太郎(鶏料理)」神楽坂

ささみの串が週替わりになっており、今週は大葉と味噌で焼いたものになっていた。置いている地鶏も毎回異なるが、今回あったのは東京シャモ、薩摩シャモ、姫っこ地鶏、名古屋コーチン、水郷赤鶏の五種類。姫っこ地鶏というのは初めて聞いたけれど、愛媛の地鶏らしい。筋肉質で引き締まっている肉だけれど、脂が多いので食感として硬さを感じない。水郷赤鶏ほど柔らかくなく、シャモよりは弾力が強くない、といった中間的な印象。こちらのお店は日曜定休のため月曜日に仕入れをして鶏肉を捌くらしいが、ちょうど行った日が月曜日で、希少部位などが充実していた。ソデやハツ元、限レバ(レバー元)などを頂いたけれど、どれもすぐ売り切れてしまうというだけあってそれぞれに個性的で美味しかった。鶏肉という、言ってしまえば無数にある食材のうちのただ一つであるが、その魅力と可能性の広さに、来るたび改めて感心させられるお店である。