ヴォーカルの耳づくりと歌唱の学び方

ブレスヴォイストレーニング研究所のトレーナーや受講生によるライブラリー

V066「忘れな草(デ・クルティス)」 ベニャミーノ・ジーリ

1.歌詞と曲と演奏など

(ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど)

2.歌手のこと

(声、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと)

3.歌い方、練習へのアドバイス

 

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1.同主調短調から始まり、Ritornelloは長調に転調する曲です。

低い第5音から高い主音までの1オクターブ半の曲ですが、低い第5音もわりとしっかり声を出さなければならず、最高音の高い主音は、曲の最後にロングトーンで強く伸ばさなければならないので、2オクターブ程度の音域の中で、無理のないところに納めなければ、歌いにくい曲です。

 

2.かつて、パバロッティ、ドミンゴ、カレラスが、三大テノールと呼ばれ、もてはやされていました。学生の我々は、三大テノールもそれほど悪くはないけれど、もうひと昔前の伝説のマリオ・デル・モナコや、ステファノ、コレルリを、目標にしており、ジーリは弱々しい声のイメージで、イマイチという感じでした。今回、改めて聞いてみると、意外にしっかりとした声で、むしろ堂々とした発声で、当時はジーリの女々しい感じの曲ばかりが注目されていたようです。

 

3.音域の広い曲なので、特に男性は微妙なキー設定が必要でしょう。曲の最後の最高音のロングトーンを、無理なくしっかり出せるようにして、最低音もそこそこ使える音にしなければなりませんが、まずは最高音を余裕を持って出せるキーで、練習していきましょう。(♭Ξ)

 

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1.歌詞はイタリア語で、ツバメが去っていく描写に恋人を重ねて、私の元を去ってもあなたを愛し続ける、といった内容の歌詞です。短調で始まる前半では情景描写を、ト長調に転調した後半では立ち去った恋人への想いを歌っています。

 

2.この曲はカンツォーネですが、テノール歌手であるジーリの声とその歌唱力で、まるでオペラのアリアを聞いているような錯覚を抱きます。高音で母音エを伸ばすのは意外と大変なのですが、顎が下りて良く喉が開いている声であること、力強い歌唱でも喉の力みはない、とても聞きやすい歌声だと感じました。

 

3.ト長調に転調してから、”~di me”や”~a te”という発音によってフレーズ末尾で母音エを伸ばす場面が多くあります。顎が力むと声が進みにくくなるので、顎の力みが入る前に、拍頭ですぐに顎を下ろす(顎を緩める)ことがポイントです。

前半の”La mia piccola rondine~”はrit.しながら高音に向かい、後半の”C'è sempre un nido~”は高音でフェルマータがあるので、どちらもしっかりとした身体の踏ん張りが必要です。身体の横で手首を思い切り振りながら歌うと、自ずと踏ん張りが発動し、喉まわりや上半身の力みも解消します。(♯α)

 

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1.とても有名な曲のひとつといってもよいでしょう。

原語のタイトル「Non ti scordar di me」を直訳すると、「私を忘れないで」という意味になります。

「勿忘草」にはとある伝説が元になっていると言われています。中世のドイツでのお話です。

騎士ルドルフが恋人のベルタに捧げるために、ドナウ川の岸辺に咲く花を摘もうと岸を降りたものの、足を滑らせて川へ飲み込まれてしまいます。ルドルフは最後の力を振り絞って手に持っていた花を岸辺に投げると共に「私のことを忘れないで」という言葉を残して水中へ消えてしまいました。

ベルタは、彼の残した言葉を元に、この花に「勿忘草」と名づけたというお話です。

 

2.戦前を代表するテノールの中でも人気のある一人だと思います。

語るように歌うのが上手に聞こえます。フォームを崩さず言葉の連続が巧みに行われているような印象です。結果的にとても美しくレガートに聞こえているのだと思います。

そして、「U」の発音がとても美しい印象を受けます。

 

3.全般的にレガートに語るところから始めてみると良いでしょう。口形の変化を最小限に抑えるという意味では、ジーリから学ぶことはたくさんあるのではないかと思います。ただし、音のずり上げずり下げは無意識に多用しすぎず、できる限り清潔に歌うことを土台とした方がよいかと思います。(♭Я)

 

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1.A、サビ、サビ前半の間奏、サビの後半から歌入り、高音で伸ばして終わるという構成です。

 

2.身体をしっかり使った歌い方で、アクセントを身体と息の鋭さで歌い上げているのが特徴です。 

母音の繋がりが滑らかであるがゆえに、各母音が明確に聞こえないときもあります。泣きを入れたような表現で歌詞を表しています。声は単にブライトな(chiaro)明るさだけではない暗さも(scuro)併せ持つイタリア的なすばらしいテノールの声だと思います。

 

3.この歌手の音符の揺らぎ、動かし方、伸ばし方を研究されるといいと思います。どの言葉のときに伸びているのか、どのように揺らいでいるかをまねしてみましょう。partironoの「pa」 や、rondiniの「ro」の伸びをよく聞いてみてください。全体的にすべての音節が止まらないように歌いましょう。(♯β)

 

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1.時代を感じさせるアンニュイな前奏に引き込まれます。「忘れな草」という題にふさわしく、冒頭から漂う懐かしさとほのかな翳りが魅力的です。

 

2.出だしから力強く、統一されたオペラ的な美声が響きます。ジーリの声には揺るぎのない芯があり、「Non ti scordar di me」の甘い語りかけとのギャップが非常に印象的です。

 

3.出だしの一声を重点的に練習してみてください。身体全身体で響いているか、響きに芯が通っているかをていねいにチェックすると、歌の全体像も自然と整ってきます。

(♭∴)

 

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1.原題「Non ti scordar di me」は直訳すると「私を忘れないで」という意味で、なおかつ植物のワスレナグサを指す名詞でもあります。文章がそのまま花の名前になっているのは不思議な感じがしますが、これはイタリア語に限らないことで、ヨーロッパの各言語でワスレナグサは同じような言い回しで呼ばれています。

去っていった恋人への思いを歌う内容ですが、恋人は「ツバメ」という言葉で表されています。歌詞にはこのような隠喩がたくさん散りばめられており、だからこそ誰の心にも響くような普遍的な歌となっています。

短調で始まる音楽の中に時折日が差すように長調の和音が挟まり、その後同主の長調へ転調してからは、陰りを見せるような短調の和音が混ざります。この狭間を行き来するような構成は、見事な色合いを見せる織物のようです。

 

2.ジーリはリッチで強靭な声を極めて柔らかく使っています。猛禽の羽毛が如き稀有の声です。すごすぎてまねできません。そういう意味で、参考にならない歌手の一人だと考えます。また、「泣き」の表現が絶品だと感じます。

 

3.前半の短調の部分はあまり悲壮感を出さず流れるように、後半の長調の部分で泣くという、一見逆に思える表現をするのがおすすめです。この曲の独特の陰影が生きてくると思います。(♯∂)