「ブラッドダイヤモンド」(映画)
正と悪の基準って何だろう、と考えました。生きていくのに必死で、そのためには、悪と思っていたことを選択しなければならないことがあるかもしれない。自分が今置かれている環境がどんなに恵まれているかを改めて感じられることができました。
「フィッシャーディースカウのおやすみ」
聞いて考えてみました。母音と子音について注意してディースカウの歌唱を聞いていると、母音と子音がかぎりなく溶け合っているように聞こえ、それがドイツ語なのに、とてもやわらかく優しく聞こえる原因だと思いました。
認知症になった舅を介護する長男の嫁が主人公です。50年以上前、認知症について今ほど知れ渡っていなかった時代にこれほど詳細に描写されていることに驚きました。介護する人の苦悩や自分の老いに対する恐怖、不安は50年たっても変わらないと思いました。
また、人間の尊厳とは何だろう、と考えさせられました。
20年程前に読んだのですが、内容はあまり覚えておらず、再読しました。恋愛小説かと思っていましたが、主人公の周りの人物が皆何らかの問題や生きづらさを抱えていて、生きていくのは大変なことなのだ、と感じさせられる重たい小説でした。
今年の大河ドラマ「べらぼう」は江戸時代のクリエーターともいえる蔦野重三郎が主人公で、その舞台が吉原ということもあり、我々伝統芸能の世界に生きる者達は興味津々で観ている者が多いです。しかし、音楽のあまりのひどさに呆れてしまいました。話の内容は、中々集客できない吉原のために俄(にわか)というイベントを立ち上げ、その目玉として、芝居小屋で人気の役者と浄瑠璃、富本節の名手の出演を、主人公が画策する筋立てですが、その名手を演じる役者がまるで素人です。あれを邦楽といわれたらというレベルでした。浄瑠璃の声は一朝一夕にできるものではありません。長年の修練で身につく物だからです。演じた役者が哀れに思えました。また三味線のネジ(糸巻)に象牙を使っている場面がありましたが、象牙のネジは明治期に初めての天覧(天皇陛下の前で演ずること)歌舞伎の折から始まった仕様で、あの蔦重の時代ではあり得ないことです。NHKの時代考証の劣化は末期的だといえます。自国の物語なのにこれでよいのでしょうか。
「ビストロボイス」(テレビ番組)
声優さん3名が炊飯器の取り扱い説明書でセリフを言うことに挑戦。イントロが流れたときから始まる感情の使い方が、最後まで引っ張っていく様子が見ることができました。どんなセリフでも自意識を消して、その役になりきることがプロだと実感しました。
「モネ 睡蓮のとき」(美術展)
モネは大人気で朝から長蛇の列でした。日本庭園に興味を持っていたということで、太鼓橋や柳の木などを描いた作品が多く展示されていました。私がいつもジョギングする近くの公園にも太鼓橋があるので、親近感を覚えました。モネは白内障で色の見え方がおかしくなり、その後の絵の色は赤味や黄味がかった独特の色合いでしたが、かえって情熱や迫力が感じられました。