歌の鑑賞と歌唱の学び方

レッスン受講生の皆さん、トレーナーのおすすめ(敬称略させてもらっています)

「愛のわかれ」V001(日本語)クラウディオ・ビルラ    

1.歌詞と曲と演奏 ことば、ストーリー、ドラマ、情景描写、構成、展開、メロディ、リズム、演奏、アレンジなど

2.この歌手自身の声、歌い方、オリジナリティ、感じたこと、伝えたいこと(VS比較歌手)

 

2.日本語での歌唱なので、原曲と多少違った演奏スタイルになっています。サビに入るまでの前半部分は、イタリア語の歌唱では、歌詞の意味なども重視した、力みのない自由な表現になっていましたが、日本語バージョンでは、音質が統一されて、遊びの少ない、ほんの少し充実させた声になっていて、どの子音も母音も、決して外さないように気をつけているようです。そのため、イタリア語版よりは少しだけ楽譜に近くなっています。

前半がややしっかり気味の発声のせいか、続くサビの部分がかなり力のこもった熱い歌唱になっています。

好みのわかれるところだと思いますが、イタリア語版の方が、ビルラの本来の魅力が出ているといえるのではないでしょうか。

余談ですが、イタリア人は、Hの発音を言語としてほとんど使わないので、サビの部分の歌詞の「遠く離れても」が、「遠くあなれても」になっていて、つい笑みがこぼれてしまいます。(♭Ξ)

 

1.とても前向きな曲なので、歌うときは、のびやかな発声で高音までいけるかどうかが一つのカギだと思います。サビに入ってからの高音域がつまったり、弱くなってしまうと、この曲の雰囲気を出すのは難しいと思います。

ファルセットや弱音へいくのではなく、体をつかった強い高音域が必要な曲だと感じました。全体的にメロディックなのでよく支えられた声を軸としたレガート唱法が必要です。

しっかりとした支えからくるレガートができると高音までもなめらかにできるようになっていくと思います。

2.とても発声の技術の高い歌手です。しっかりとした声門閉鎖、喉の低さ、声のパワー、響きの高さ、など、まさにイタリア人です。ウの母音は明らかに日本人のウではありません。

歌い方、声の響かせ方がテノール歌手のようです。ア母音では少し開き気味の高音ですが、ウ母音などは、よほど訓練されていて、ウ母音を母国語とする歌手でないとあの高音のウの深さ、よくまわった声は生まれないと思います。(♭Σ)

 

1.曲の前半部分は低い音域で旋律が進み、中間部分(サビ)で一気にイチオクターヴ音域が上がり、転調した後も同じ構成です。大まかに音高が「低いー高いー低いー高い」となっており、声が一辺倒になってしまう人にとってはメリハリをつけやすく勉強するのによい題材です。

一方で、低い音域も上の音域もよい声を乗せることが求められます。

カンツォーネでよく見られる8分音符が連なる旋律は、ただそのまま歌うとマルカートになりやすいですが、歌詞を発音(語るように)するなかで自然と音符の長さは均等ではなくなるものです。これに関してはアクセントのわかりやすいイタリア語の歌詞で学ぶ方が近道です。

2.イタリア語での歌唱はもちろんのこと、日本語の歌唱でも歌詞がダイレクトに伝わってくるのはさすがです。イタリア人は子音Hが苦手ですので、「とおくはなれても」は「とおく あなれても」と聴こえる感じはありますが、それが気にならない歌唱力でメロディとともに歌詞が流れ入ってきます。一流の歌手は何語で歌ったとしても歌詞の意味をわかって発音している・歌っているという、本来あたりまえのことではあるのですが、そのことを再確認させられます。(♯α)

 

1.この曲のように、ドラマチックな内容の詩を表現するために必要なことを意識して歌うことです。ただ楽譜に書かれている音をなぞるのではなく、朗読で話の内容が伝わるような気持ちの持っていき方を研究しましょう。気持ちはたっぷり表現するのですが、全体的に優しさと情熱を兼ね備えた状態で表現できること、全部を強くするのではなく、強くしたい言葉と、優しく表現したい言葉のメリハリをつけることなどを、課題としてみるとよいでしょう。

歌い方としては、細かい音符が比較的多いですが、全体的にレガートで朗々と歌うことが必要だと思います。転調する前の「わーたしには」の部分は特に朗々と歌っていいと思います。そのあとのLala la…はたっぷり朗々と歌わなければ、この曲に不釣り合いになると思います。

イタリア語のタイトルを直訳すると「私のことを思わないで」ということになります。そのような気持ちを、内向きにならず、外に向かって表しながら、たっぷりとレガートに歌うことです。いきなり歌い始めるよりも、朗読のように練習してから、その要素を崩さないように歌うことを心がけてみてはいかがでしょうか。

2.やや鼻声要素が高いのが気になる部分ではありますが、朗々と歌う感じなどは参考になると思います。いい声、いい響き、いい音程を追い求めるよりも朗々と歌い上げる歌い方、こぢんまりとせずにドラマチックに歌う表現方法を日本人は身につけていかなければならないと思います。小さくまとめない、コンパクトにならない、それでいて聴いている人が嫌がらない歌い方の研究材料になるのではないでしょうか。(♭Я)

 

1.恋人同士が別れを決め別々の道を行くという設定の歌詞です。低音から始まりおなじ音型が約4小節か×4回繰り返された後、「たとえこのまま遠く離れても」という接続詞的な役割の4小節を経て、最初の音型の一オクターブ上で旋律が朗々と奏でられます。この部分はいかに声を息にのせてスケール大きく歌えるかがカギになると思います。「ラララ」の部分は歌詞がないので、アレンジして歌うことも可能かもしれません。

2.この歌手は、とても声の美しさをのびやかに聞かせていると思います。日本人では尾崎紀世彦布施明、ミーシャなどでしょうか。歌いあげる系の歌をうたうために参考になると思います。また、ミュージカルの名曲(「夢破れて」「メモリー」など)を練習する際に役に立つと思います。

このように声をのびやかに使えるということは、どんな曲を歌うのにも必要な要素ですので、基礎訓練だと思ってぜひ取り組んでください。(♯β)

 

1.転調をうまく用い、ドラマチックに聴かせるアレンジです。

歌手の音域のもっとも鳴る部分に最高音をもってきて、存分に楽器としての声の魅力を引き出しています。

2.特徴的な発語と歌唱スタイルで、ポップスといえどもテノール独唱のようなクラシカルな雰囲気があります。

ヴィブラートを効果的に使っており、教材としてはヴィブラートの研究に適していると考えます。(♯ё)

 

1.カンツォーネをイタリア語で歌うときに大切なことは、何よりも言葉が命だということです。これはカンツォーネに限らず一般に西洋の言葉で歌を歌うときにも大切な考え方です。言葉に対して音があるのであって、音に対して言葉を当てはめるのではないということです。(音大の教育では、音に言葉を当てはめるので、順番が逆です。)

音源を聞いて、聴きまねで構わないので、高さをつけないで、言葉の発音、タイミングだけをしっかり体に入れましょう。歌唱を聞くと、何よりもリズムが楽譜に対して自由だということに気づきます。このリズムの感覚を徹底して盗みましょう。

次にこの曲の構成について考えましょう。まず特殊な点は、普通は4小節のフレーズが基本なのに、この曲はAメロが「1小節余る」点です。一番だけに限って小節構造を確認すると次のようになります。

Aメロ1回目:4小節 1小節 4小節

Aメロ2回目:同様

サビ:4小節

Aメロ(コーダ):4小節

この余った1小節の低い音域をうまく囁けると、曲の面白さが生きると思います。(pensare a meとmi arrangero)印象的で劇的なサビがわずか4小節なのも特殊です。ここにすべてをかけて情熱的に歌いましょう。

このように曲の構造を分析すると思いがけない視点が得られることがあります。

2.歌唱についてですが、この声の深さに気づきますか。多くの人には「深い」ではなく「低い」と聞こえるはずです。

実際には「カンツォーネ名曲全集」の楽譜の短6度も上(ざっくりいえば1オクターブ近くも高く)のキーで歌われています。ぜひこの音源の高さで歌いだしを歌って、その「深さ」の違いを感じてみてください。(♭∴)

 

1.別れの歌ですが、お互いのことを想い合っての前向きな別離。原語のタイトル「non pensare a me」は「私のことで思い悩まないで」というような意味です。

前半は低く語り掛けるように「あなたにはあなたの行くべき道がある」と、冷静に相手と自分自身を諭す様子ですが、後半は高音へと音域が移り、激してゆきます。

さらにサビは半音上へと転調し、朗々としたスキャットに変わります。「あなたがいなくなっても太陽がなくなるわけじゃない、世界が終わるわけじゃない」と、あくまでもカラッとしています。日本の演歌と一線を画するのはこういうところでしょう。

2.スケールの大きな歌唱をするクラウディオ・ビルラは、輝かしい高音においてはオペラ歌手と変わりない充実した声を聴かせてくれます。ポツポツと語る低めの音は明瞭で耳に心地いいです。フランスの女性歌手ミレイユ・マチューも得意としていた曲で、フランス語版はまた雰囲気が異なり、諦念が全面に出る感じがします。(♯∂)