ヴォーカルの耳づくりと歌唱の学び方

ブレスヴォイストレーニング研究所のトレーナーや受講生によるライブラリー

イーグルス「ホテルカリフォルニア」

1970年代の終わり、とある私鉄沿線駅前繁華街の赤提灯の一杯飲み屋。
仕事帰りのサラリーマンでごった返す夕暮れ時、
すでにアルコールが回っていい調子になってる中年サラリーマンが、カウンター越しに
「おいオヤジ、あれ頼む」
「ハイよ」
と店主、帳場の奥の黒電話の受話器を片手にダイヤルをまわす・・・
しばらくして店内の、ヤキトリの煙と油がしみこんだスピーカーから流れてきたのは、三波春夫・・・ではなく、村田英雄、でもない、都はるみでも八代亜紀でもない、なんと「ホテルカリフォルニア」(イーグルス)ではないか!
そう「ホテルカリフォルニア」は1977~8年ごろの日本において、並み居る演歌勢を押しのけて「有線放送」リクエストチャート第一位をとったことのある楽曲なのである。
しかも、そのリクエスターの中核をなした人々は、いわゆる「洋楽ファン」「ロックファン」ではなく、上記のような日本の実直なサラリーマンたちであった。
いったい何故、「ホテルカリフォルニア」は日本の、英語にさして堪能とは思えない中年サラリーマンたちのココロを捕らえたのであるか、これが今回のテーマです。
イーグルス、その結成は1971年。当時の人気歌手、リンダ・ロンシュタッドのバックバンドとして集められたミュージシャンたちが、後に独立、カントリー色の強いロックバンドとして売り出した。
この当時の雰囲気は1st「イーグルス・ファースト」を聞くとわかりますが、バンジョーマンドリンなど、ブルーグラス系の「土の匂い」のする音楽をやってます、って感じでした。
その後、ハードロック志向のプロデューサーを迎え、バンドの音楽性を変更して、1975年「呪われた夜」でブレイク、続いて翌年リリースされたのが表題曲「ホテルカリフォルニア」を含む同名のアルバムでした。
歌詞の内容は、主人公がコリタス(サボテンの一種だがマリファナの隠語)の香りたつウェストコーストの砂漠のハイウェイでの長時間の運転に疲れて、休むために立ち寄った小綺麗なホテルに幾日か滞在し快適な日々を送ったが、堕落して快楽主義的なすごし方を続ける滞在客たちに嫌気して、以前の自分の日常生活に戻るためホテルを去ろうとしたものの、離れようにも離れられなくなった・・・ という、一見伝奇譚的なミニストーリー。
アメリカンポップスの歌詞としては非常に重層的で象徴的な表現を多く含み、いまだにその言葉の意味をめぐって議論の対象となるほどです。
一般的には、商業主義に流れ、かつての輝きを失いつつある西海岸のロック音楽に対する皮肉と警鐘、と考えられるものが随所に見られます。
たとえば、主人公がホテルの支配人の男に対して注文した「自分の(好みの銘柄の)ワイン」がなく、
We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine
(そのような酒はこちらにはご用意しておりません、1969年以来…)
と返答された、という一節。
spirit (スピリット)という言葉を「酒」と「魂(精神)」との掛けことばに用いて、当時のロック界を揶揄したものであると解釈されています。
そういえば、関係ないけど、かつて日本の名優、三船敏郎アメリカ入国のとき、税関で
Do you have spirit?(お酒を持ち込んでいますか?)
と聞かれ、
Yes! Ⅰ have YAMATODAMASHI(大和魂)!
と平然と答えた、という「天然系」な出来事が浮かびます。
1969年とは「ウッドストック・ロック・フェスティバル」が開催された年で、その頃のロックの、純粋に社会に異議申し立てをする、という健全な音楽性はその後の「産業ロック」の出現によって、もはや永遠に失われた、と嘆いているわけです。
曲調自体は軽いレゲエのリズムで、イントロや曲の一部において、13本ものギターを重ねた巧みなアルペジオ・ワークが展開され、ジョー・ウォルシュらの巧みなギターワークとドン・ヘンリーのハスキーボイスによって、商業主義とセックス&ドラッグに堕ちてゆく自分たち(イーグルス自身)を自虐的に表現しているのか?と思わせる「退廃的」な「けだるさ」が漂っています。
面白いのは日本のサラリーマンのお父さんたちがこの「退廃的」な「けだるさ」を、歌詞がよくわからぬながらも「哀愁」ととらえた、ということです。
これはまさに、「歌詞がわからぬながらも」、坂本九の「上をむいて歩こう(スキヤキ)」に、アメリカの大衆が感動したことと対を成す現象であったとおもわれるのです。
このあたりに、優れた音楽が国を超えて愛される「鍵」が潜んでいるのかもしれませんね。