トニー・ベネット「fly me to the moon」

しっとりと切なく、温かく歌う。曲そのものがもっている表現、伝えようとしていることを思うと、トニー・ベネットのものは、そこのところを駆け離さずに、スケール大きく豊かに、しっくりと伝えている。また哀愁が彼の歌の中に、自然と漂い、他にはない魅力と表現がある。派手にはしないが、エモーショナルな描き、繊細でありながら大きく、そして温度があり、聴き手に心地さと共に強い印象を残す。
詩人とは、、、、とやわらかい繊細な語りから始まる。ある一人の気持ちを伝えようとする詩人が主人公。この最初の語り、ひかえめながらも、入りや間も自然である人物像が見えてくる。繊細でありながら言葉はしっかり聞こえ、イメージと気持ちでリズムとメリハリがつき、大声にせずとも、どんどん広がりひとつの世界をつくる。始まりのこういった所を聞くだけでも、バランスやセンスの良さが感じられ、関心をひく。そして主題のFly me to the moonが大きく入っていく。Flyをドーンと一拍目から入り、たっぷりぎりぎりまで伸ばす。それまでの語りの中で積んだものがここへ一気に大きなイメージとしてだされ、とても効果的に聴き手の心をつかんでくる。そしてその大波の余韻にのせ、Let me playもプレーーーイと入る。ここまでですでにゆったりと大きく心地よくさせる。その次にくるLetme see以降も早くまとめず、微妙なところの強弱バランスや切り方、伸ばし方、間の取り方が巧みにイメージの中で現れ、繊細にゆったりと語る。この繊細さとゆったり感の中で、たっぷりとイメージや温度が途切れずにやるのは、すごく難しく、こういう何気ないと思われがちな中間部分や他と比べて目立たないところも様々な要素で自然と組み立てられている。このFly me to the moonからJupitar and Marsまで、マイナー調の下がっては上がりを繰り返し、そして下がるメロディラインを聞いていくと、どこかもの悲しい、切ない印象も与えるが、とてもユニークな歌詞がそこに合わさっている。
そしてなぜFly me to the moonと出したかとその理由が次のIn other wordsででてくるが、In other wordsと強めに入り、Hold my handと淡くやわらかに入るのも、今までの流れからありがちに入らず、とても効いていて、Flyとは違うイメージにぐっとここでより聴き手の心をつかむ。こういった色使いのアクセントにもアーティストがもつ個性、センスを感じた。Fly me to the moon...とそれまで愛情をユーモアな比喩にし、その心情を語っていたのが、ここでストレートに具体的な言葉、メッセージとなる。そういう心情の動きとメロディの兼ね合いをトニー・ベネットは巧み自然に汲み上げ、大きく描き入ってきたFlyのところと比べ、より繊細にやわらかさや切なさを入れる。
そして、Fill my heart with songへ、より今まで起してきたものを受け継いで、続いていく。切なく、壊れてしまいそうなほど繊細な心情の中で愛を伝えようと、大きな波、流れがでてくる。この曲があまりにスタンダートであるために、ノリよくさらっとまとめている歌手も多い中、ベネットは曲を深く汲みとり、自然と豊かにバランスよく描く。そしてこれを伝えるのに歌以外に方法がないというほど、しっくりとしている。ベネットが歌うこの曲は哀愁があり、
存在感のようなものと共に、歌は自然と深い意味をもち、心にその余韻を与え続ける。