トム・ジョーンズ Tom Jones Fly Me To The Moon(1972)

全体を聞いた後に、もう一度出だしのフレーズを聞いていて、まさかこんなに後半が展開しすごいことになっていくとは予想がつかないと、張りや肉感のある頑丈な声の上にある、大歌手がもっているスケール、イメージの大きさ、そしてそこから飛びでてくる音や表現力を思う。最初からメロディに下へ降りては少し上へ上がり、また下へ降りと上下の動きがあり、それぞれのブロックで同じメロディが繰り返されるが、全体的に最後まで、ほぼ8割がメロディが下降して、最後のあたりでフレーズが上へと向かう力が強く働く。タイトルのfly me to the moonも、最後のI love youの辺もどう置きまとめるかは、歌手によって様々で、かなりアレンジは変わってくる。シナトラ、ナットキングコールなどベテラン歌手たちを聴き比べてみるとどれも全く違い、それぞれの描き方がとても興味深い。Tom Jones は、思い切りテンションをあげ、後半をがっつり跳躍を楽しんみ、彼の強みを全面に活かしながら、パワフルにこの曲を完結させている。
2つのリズムが、マイナー調から平行調でメジャーに移行するところで変わるようにアレンジにしてあるが、それぞれの特徴を自然と抑えて、詰めたり、伸ばしたり、次のフレーズの語尾は切るなど、彼なりの面白い語り回しでメリハリをつける。最初はボサノバで比較的すっきりと入り、その次にくるIn other wordsからkiss me までメジャー調に変わるところで、スイングジャズのオケをバックに、温度も変化させ、温かさを増し、言葉のニュアンスを楽しんでいる。そして再びボサノバに戻り、ゆるやかに入る。moreのとこで、独特な伸ばし方、その次のforですっきり切るのは、始めのフレーズと同じだが、間隔やテンションは変化し進行している。そしてin other wordsから、どんどん2番への盛り上がりを期待させるように加速しだし、true~in other words まで一息、次のwordsでよりテンションがあがり、一気に3音駆け上がり、Daring I love youのyouでばっさり切る面白い描き方で、奇抜だが彼がやると粋で、高揚感を与え、後ろのオーケストラを引っ張る。ここまで歌い手が大きくやらないと、後ろにオーケストラがいても関係性が成り立たず、音楽が生きなくなってしまうと思った。譜面があっても、ただの伴奏として流してもらっているのとは全然違う。ここからより存在感が強くでてきて、1番よりも2番は濃く面白くなっていく。Let meと伸ばしておいても次は短く次へどんどん進む様やJupitarなどのニュアンスやリズム、瞬時の感覚で、箇所か所にいい遊びがある。その後に入る単刀直入なシャウト、そしてplease, you gottaなど彼の中からあふれる自然なアドリブなどが続き、このスイング感が聴いていて楽しくてたまらなくなってくる。そして最後の止め、I love you の手前、in other wordsが3回も繰り返すが、please be trueで大きく勢いをつけ、in other wordsをそれぞれ違う感じに節回しを巧みにしている。そして要のI love youを最後に今までのを集結させてパワフルに閉める。あそこまでりっぱに声が出せたら本当に気持ちいいだろう。ここまででっかくできるのかと驚かされる。イメージの大きさ、持ち方、それを瞬間的に自在に出せるプロの技、体使いや感覚。強みを活かし、相当スリルなことをやっている面白い大歌手の一曲である。