No.272

CD

 

「街路樹 」尾崎豊

アルバムです。狂気や哀しみ、恐怖のような何かが伝わってきます。一般人が使うとありきたり過ぎて胡散お臭くなってしまいそうな歌詞が多いですが、尾崎豊が歌うとクサさを感じません。適当な作詞ではなく、本当に心から思っている言葉を紡いで歌詞にしているのだろうと思います。ジャケットの本人の写真は20代の筈なのに40代ぐらいにも見えます。何を思って生きていたんだろう考えさせられもしますし、逆に鑑賞者である私自身の事を代弁してくれている錯覚にも陥ります。そんな特異な力を持ったアーティストです。

 

 

カイ・ハンセン

ガンマレイというドイツのメタルバンドのギターヴォーカルです。歌唱にハイトーンを使い、バンド内の作曲はほぼカイ・ハンセンが担当しています。昔のカイは歌が下手だと言われていました。ハイトーンが苦しそうだったり声量が足りなかったりしたようです。しかし昔のCDと現在のものを比べると、現在の方は全く下手だと思えません。数あるハイトーンヴォーカリストが年を取ると声が出づらくなっている中、彼は未だ衰えません。相当訓練を積んだらしいです。なのに決して偉ぶらず、「少しはマシになっただろ」と自分では言っているそうです。いいお手本だと思いました。

 

DVDCINEMATV

 

「エレニの帰郷」

映画を見に行って予告編で見たい気持ちがした。どこも宣伝していないが半世紀に及ぶ愛の叙事詩となっている。「旅芸人の記録」という映画の監督の遺作だと知り期待が高まっています。

 

「グレイズアナトミー」

英語がとても難しいですが、米語のリアルな音の流れがわかるので、しっかり勉強したいです。

 

「数日前、報道番組の特集」

ある時から、記憶が7秒間しか保てなくなってしまった女性が紹介されていました。

起きている間中、そこで起こったこと、話したことなどをその場で全てメモしながら生活していらっしゃいました。発症してからの数年分でしょうか、ご自宅には記憶の代わりのメモ帳がどっさり保管してあり、思い出す代わりに、何年何月のメモを読むのだそうです。そのメモがその女性にとっての記憶なのだそうです。

文字にして紙に書いてあると当然ですがものすごい量でした。形にしてしまうとものすごい量の、記憶という情報を、自分の脳に納めているのだと思うと、記憶の分野に限ってだけでも、改めて我々の脳の働きのすごさを感じましたし、当たり前に過ごせている日常に改めて感謝しなければと思いました。

 

時代劇専門チャンネルオリジナル番組「松ちゃん龍ちゃんのぶらり探訪東海道」出演 松村邦洋さん 原田龍二さん

現代、新幹線なら東京から京都まで2時間少々で行けるが、当番組では旧東海道を二人で歩き続け、約1年かけて東京(江戸)日本橋から京都三条大橋まで踏破した。あれから1年、京都で松ちゃんと龍ちゃんは再会しました。京都三条大橋までの「五十三次」で終わったかに見えた東海道は、さらに西へと続いていたのです。二人はさらに西へ旅を続けます。それぞれの宿場跡で、いろんな人々との出会いあり、美味いものの発見あり、歴史の意外な事実あり、そして、松ちゃんの大河ドラマネタのモノマネで綴る歴史解説あり、見どころ満載です。歴史好きにも旅好きにも愛された番組の続編が、スタートします。

 

BOOK

 

100万回生きたねこ」佐野洋子 絵・作

二度のレッスンで読んでみましたが、含蓄のあるストーリーでした。

100万回生死を繰り返しても、主人公のトラ猫は充実していなかったようで、生きていることが別段幸せなわけでもなく、死んだからといって別段悲しいわけでもない。

自分勝手な飼い主に支配され、死んだときだけ悲しんで泣かれる。そんな飼い主(人間)たちのエゴイズムに、トラ猫は辟易していたのかも知れません。

とはいえ、100万回生死を繰り返したことは、トラ猫にとって決して無駄ではなかったようで、鍛えられたのか、磨かれたのか、立派な野良猫になり、メス猫にモテモテになってゆきます。そこで、自分を大切にすることに目覚めたようです。やはり一廉の猫だったのでしょう。

ただし、トラ猫は慢心したのか、100万回生死を繰り返したことを自慢し始めますが、一匹だけ、トラ猫にちっとも愛想を振りまかない美形の白猫が現れますが、別にトラ猫が嫌いなわけではなく、むしろ「100万回生死を繰り返したことなど自慢にはなりませんよ」、「あなたにとってもっと大切なものがあるでしょう」と示唆してくれたのかも知れません。

やがてトラ猫は白猫と結婚し、たくさんの子供を立派に育てました。

その後、妻が亡くなったとき、トラ猫は初めて泣きました。本来の素直な心で、大切な伴侶の死を悲しむことができたのでしょう。

ついに、トラ猫は、愛する白猫の亡骸の隣で、本当の自分の生涯を生き切って、幸せの中で大往生しました。

100万回の生死の繰り返しよりも、たった一度だけ本気で生き切った本物の生涯。容姿や実績にチヤホヤする大勢よりも、本気で思いやり会える一人(いや一匹)のパートナー。生きることの意味とは何かを、本気で考えさせてくれた一冊でした。

 

EVENT・その他>

 

「耳よりな…朗読会」松尾智昭・河崎早春

ふたりの役者それぞれの朗読と掛け合い朗読。とくに太宰治の「瘤取り」の掛け合いが楽しい。楽器の効果音を使いながら、ふたりの息の合った掛け合い朗読、絶妙の間、ふたり芝居のようだけど、やはり朗読。面白く聴けます。

 

狂言・千切木」野村萬斎(太郎役)

20年前の若い時の萬斎は才気が勝って、鋭さと力が目立つ気がしましたが、最近は飄々とした軽やかさがあり、しかも深みもあり、舞台空間の中に生き生きと存在していると感じます。それはたぶん、力んだり尖ったり狂言以外の世界にも関わったことで、器を大きく作って、年齢とともに力みが消えて行ったということではないかと思います。何もない空間から、所作と言葉で相手役と共に世界を作って行くという狂言に比べ、私の取り組んでいる歌は、言葉とメロディで伴奏楽器と共に世界を作る。伴奏のピアノやベースは一緒に世界を作る相手役だと思いました。

 

<店>

 

WINDSORウィンザー)」東京都町田市・ピアノラウンジレストラン~仕事帰りにピアノを聴きながら食事を楽しめるお店~

20代の頃から、音楽を聴きながら食事ができるお店に興味がありましたが、町中の、クラブやスナックが入居している雑居ビルの3階にあります。

初めて入るお店ということもあり、緊張しました。しかし、スタッフの方が親しげに語りかけてくださったお蔭で、すぐにリラックスできました。注文した料理や洋酒を美味しくいただきましたが、終始親切なスタッフの方々に好感が持てました。

ピアノの演奏は、「ムーンリバー」など外国の名曲がほとんどでしたが、さりげなく日本の唱歌「ふるさと」が流れてきた時には、歌が思わず口をついて出そうになりました。あくまでも「安心してお食事を味わっていただきたい」という思いがこもった、優しい音色でした。自分がこのようなお店で「ふるさと」を唄うとしたら、お客さんに各々の「ふるさと」を思い出しながら、お食事と談笑を楽しんでいただけるように、お店の中にそっと添えるように唄いたいものです。

 

「金太郎(鶏料理)」神楽坂

鶏尽くしのお店。この日仕入れられていた地鶏は東京シャモ、名古屋コーチン、薩摩シャモ、水郷赤鶏名古屋コーチンは脂がのっていて、薩摩シャモは肉の弾力があり、それぞれに違う美味しさがある。前回なかったものとしてはレバーパテといった洋食の料理も取り入れられていた。新メニューだろうと洋食のフレーバーを取り入れようと、やはり、鶏料理である。お料理で一番美味しかったのは、前回と同じく鶏煮込み。ただ、季節によって煮込みに入る野菜などが変わるために味が同じということはなかった。鳥の出汁が染み出ていて、味付けはシンプルだが、このスープが他のお料理のベースとしても使われているので、全体のお料理も年中同じ味ではないということになる。日本酒の扱っている種類は倍以上になり、限定酒やプレミアのお酒なども仕入れられていた。オーナーが二号店を作ってそこに釘付けになってからは十代と二十代の若者だけで店を回しているが、それでも人気がかげる様子はない。

 

「ひのきざか(懐石)」六本木

ミシュランで1つ星を獲得している懐石料理店。六本木という土地柄もあり、外国人のお客も多いけれど対応はスマート。お料理は繊細に作りこまれており、出汁を基調にした伝統的な懐石料理そのもの。海老真丈と炊き込みご飯が特に美味しく、基本となっているお出汁が秀逸なのだということに気付かされる。素材の質の違いもあるのだろうけれど、同じ昆布と鰹節を使っても、この出汁を引くことは難しいのだろうと思った。料理を提供するタイミングも抜群で、席案内から会計、退店までが全てスムーズに進む。気持ちが良いとかとにかく印象が良いとかではなく、あくまでも自然でさりげなく、気付けば全てが終わっているというようなサービスが凄いのだと思った。

 

「美登利寿司総本店(寿司)梅が丘

系列店のほとんどが行列の絶えない人気寿司屋。本店は梅が丘にあり、訪れたのは月曜日だったけれど、やはり二時間ほど並んだ。寿司ネタは大きく、評判通りに美味しい。特に白子が新鮮で美味しかった。カボスブリやカボスヒラメなど珍しいネタも複数あり、貝類などの種類も豊富で飽きない。ただ、マグロなど一部の魚からは冷凍の匂いがした。行列のできるお店としての魅力も充分に分かる。熟練した職人さんの腕前と、若い人ばかりのホールスタッフとのレベル差が激しく、提供される際に引っ掛かりを覚えることがしばしば。冷凍もの以外の味は本当に美味しいけれど、皿の出し間違いやオーダーの通し忘れなどのミスが多すぎて、繁盛店の繁忙期であることを考えても少し酷いものだと感じた。